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<スポーツソウル-12/26>
ユンジョンファン、日本を離れ国内、城南一和に復帰

ユンジョンファン(29)が3年間の日本Jリーグ生活を終え、K−リーグ2年連続王座に輝く城南一和に移籍した。
城南一和とユンジョンファンのエージェントであるイバンスポーツは26日にこのような発表をした。
イバンスポーツはこの日午前、城南一和と日本の清水エスパルスを相手に入団交渉を行い、最終的に国内復帰を電撃決定した。
契約期間2年に移籍料は50万ドルで、年俸は1億8000万ウォンだ。入団による激励金として2億ウォンも保証された。ゲーム当り出場手当ては300万ウォンだ。
これによりユンジョンファンは2年間8億ウォンを受け取ることになるとみられる。
城南はこれでキムヨンチョル、キムサンシクの軍入隊と、ミッドフィルダーのパクカンジョの日本復帰で発生した戦力の穴を浦項からクロアチアの守備手サビックを受け入れ、Jリーグからプレーメーカーのユンジョンファンを補強、来シーズン3連続優勝に挑戦するだけの準備を済ませた。
ユンジョンファンの国内Uターンで、いまやJリーグで韓国の国家代表級選手は、チェヨンス(ジェフ市原)だけ残ったことになる。(原文そのまま。)今年、ワールドカップ以降、ユサンチョル、ファンソンホンが柏レイソルを離れ、ノジョンユンが福岡アビスパと決別した。98フランスワールドカップ、2002韓日ワールドカップ代表出身である彼は、99年末、富川SKからセレッソ大阪に移籍料100万ドル、年俸4億ウォンで移籍3年間Jリーグ正規リーグ81ゲームに出場、9ゴールを記録するなど、総96ゲームで18ゴールをマークした。2001年ジョモカップオールスター戦では代替選手として出場しMVPに選定されもした。国家代表としては38ゲーム3得点、国内Kリーグの富川時代には108ゲームに出場し15得点28アシストを記録中だ。
今月15日、天皇杯3回戦の柏レイソル戦で、右大腿部裏筋肉痛により全治3週間の負傷を負った状態だ。

<スポーツソウル-12/21>
代表チーム監督、1月選任−3月デビュー戦

2006ドイツワールドカップを狙う韓国代表チームの司令塔候補者が2名に絞られた。
新監督は来年1月選任され3月にコロンビアを相手にデビュー戦を行う。
大韓サッカー協会のカサムヒョン国際局長はヨーロッパ出張を終え、20日、帰国した後、「名前は公表できないが代表チーム監督候補者中2名に会ってきた」「すぐにキムジングク技術委員長と相談し、新年1月中に監督を決定する計画」と明らかにした。
カ局長が候補者の実体を明らかにはしなかったがサッカー協会のある関係者は「イタリア、フランス、ポルトガルの3カ国の監督から1名が選ばれるだろう」としながら「3名とも長い間クラブチームの指導者として名声を馳せワールドカップやヨーロッパ選手権大会でいい成績を収めた人物」と付け加えた。
しかしカ局長は、公開されると交渉に差し障るという理由で、このうちどの国の監督に会ったかを明らかにしなかった。
また別の消息筋は「94アメリカワールドカップでPK戦でブラジルに負け準優勝におわったイタリアのアリゴ・サキ監督が候補に上がっている」と語り、サキ監督の韓国行きの可能性も漂わせている。
ヒディンク前監督と56歳で同い年であり、イタリアの名門クラブACミランをヨーロッパチャンピオンリーグで優勝させ、イタリア代表チームを任された後も82スペインワールドカップ優勝以後最も優秀な成績を収めるなど、ヒディンクと似通った経歴を持ち、サッカー協会としては監督職を提議する価値のある人物だ。
ポルトガルの候補の場合、ユーロ2000で辺境の突風を起こした※ウンベルト・コエルヨ監督(52)が有力だ。
カ局長は「2000年末、ヒディンク監督を迎え入れた時、候補3名に上がったエメ・ジャケ(フランス)、※ジョー・ボンフレレ(オランダ)、※ミロスラフ・ブラジェビッチ(クロアチア)は今回の候補リストから外された」「アーセン・ベンゲル(アーセナル)らヨーロッパビッグリーグのビッグクラブで現在指揮をとっている監督も現実的に迎え入れるのが難しい」と語り、ワールドカップで名声を得た指導者が最終的に選任されるとみられる。
新監督は来年3月に入国しスーパーカップを観戦しながら韓国プロ選手の水準を直接目で確認した後、技術委員会が選んだ代表選手たちと3月21日コロンビア招聘試合でデビュー戦を行う予定だ。

<スポーツトゥデイ-12/21>
パクチソン、インタビュー「ジョングク先輩より沢山もらって申し訳ない」

「再びヒディンク監督の指導を受けることになりとても嬉しい」
‘純‘パクチソン(22・京都)はヒディンク前代表チーム監督が指揮をとるPSVアイントホーフェン行きを確定させた後、多少上気した声だった。

パクチソンのアイントホーフェン入団は先月11月18日ヒディンク監督がブラジル戦観戦のため入国してわかった。
パクチソン側はアイントホーフェンとの1・2次交渉を通じ、海外進出韓国選手中最高待遇を約束された。しかし所属球団の京都はパクチソンがメディカルチェックのため12月はじめ、オランダ行きを望むと、キムラ・チーム総括部長を通じ「契約期間中にメディカルチェックを受けに行くことは納得できない」ち不許可方針を表明、パクチソン求愛にでた。京都サポーターズもファンミーティングで残留を望みパクチソンには少なからずの心理的プレッシャーとなった。

しかし今月2日、再入国したヒディンク監督は、パクチソンの獲得が確定的だと明らかにし、京都の求愛もパクチソンの意思を曲げさせることはできないことを確認させた。

−契約条件に対してどう思うか。
▲十分に満足だ。3年6ヶ月で450万ドルはいい条件だ。

−ソンジョングクの記録を破ったが。
▲申し訳ないと伝えたい(笑い)

−移籍に関連しソンジョングクと相談したか。
▲しなかった。しかしオランダに行けばしょっちゅう会えるので期待している。

−ヒディンク監督のチームだから一層引かれたか。
▲もちろんだ。ヒディンク監督の元ということもありより楽に決定できた。

−オランダにはいつ行くか。
▲まだ具体的な日程は出ていない。22日天皇杯に出場した後連絡がきたら行く。

−巨額だがどこに遣うか。
▲1年ごとに分けて受け取り両親が金銭管理を行う。

−移籍を終えた気持ちは。
▲移籍は簡単なことではないという事実を学んだ。

−軍免除軍事教育はいつ受けるか。
▲来年の夏、受ける。

<スポーツソウル-12/13>
3連続ゴール、イドングク「最後に笑う」

「ライオンキング」イドングク(23・浦項)が最後に笑うことができるか。
来年初めに尚武に入隊を控えたイドングクが12日のFAカップ準決勝、城南戦で先制ゴールを決めるなど、3ゲーム連続ゴールで浦項を決勝戦に進めた。大会3号ゴールでコンオギュン(大田)、チコ(全南)と同点合同首位に上がったが決勝戦1試合を残しており得点王タイトルに有利りになった。
98年プロに入団したイドングクは、今までプロ競技でただの一度もチームを優勝させたり、得点王になったことはなかったが、今回のFAカップだけは違い、15日の水原との決勝戦を狙っている。

−来年初め尚武入隊を控え人一倍感慨深いようだが。
▲昨年FAカップ決勝の大田戦で決定的な状況を2度も外し、今でも胸にこびりついている。たとえ今回の決勝の相手は大田ではないがすっきりとした気持ちでチームを離れたい。

−優勝と得点王の二兎を追うことになったが。
▲浦項入団後、ただの一度も優勝できなかった。2つとも手に入れたく、今回こそはいい結果を出せるだろう。

−今大会期間中多くの選手たちが風邪に苦しめられているが。
▲僕はまだ風邪を引いたことがない。次のゲームでもいいコンディションでプレーする自信がある。

一方チェスンホ監督はイドングクの活躍にもかかわらず、「まだまだだ。今のようでは尚武除隊後の浦項復帰を壮語できない。」と、もう少し集中力を養い選手たちとの円滑なコミュニケーションを要求した。

<スポーツソウル-12/11>
プロチーム、どこでキャンプするか?冬季キャンプ地苦心

2003年リーグを準備するプロチームが効果的な冬季キャンプを行うため苦心している。この中でトルコに大多数のチームが集中するとみられる。
監督からトルコ出身の富川SKは、いち早くトルコのアンタリアに冬季キャンプの場を決め準備にかかっている。韓国に進出したトゥルファン監督は久しぶりにホームグランドで来シーズンに備える。
1月18日頃出発し、アカディアホテルに宿泊しトレーニングに励む予定。ちょうど富川出身の太極戦士のイウルヨンのトラブソンスポルも同じような時期にアンタリアで転地キャンプを行う可能性が大きい。
安養もトルコとキプロスの2つのうちどちらを洗濯するか苦心している。
2月中旬ごろ冬季キャンプに発つ計画である全南みトルコを考えているがまだ決定していない状態。
釜山は水原とともに南海キャンプを行いながら国際大会に参加する予定だ。
この他に海外キャンプ地としてはアンタリアに目星をつけたが、スコットランド出身のポーターフィールド監督が赴任したことで原点から再検討している。
スペイン、トルコ、そしてヨーロッパや日本、中国も候補にあがっている。
トルコが冬季キャンプ地として脚光を浴びる理由は、物価が安いこと。また名門チームをはじめとして世界各地のプロチームが集まり練習相手が豊富だというためだ。
ヒディンクのオランダ、アイントホーフェンもトルコに向かう予定だ。

<スポーツソウル-12/9>
ソンジョングク、負傷深刻、3週欠場予想

ソンジョングク(23・フェイエノールト)の負傷が相当深刻な水準だ。
まだ診察結果がでてはいなかったが、回復まで3週間は十分にかかるとみられる。
8日深夜(韓国時間)、リーグ競技のヘーレンフェン戦で、後半39分にドリブルしながら転倒、相手守備手と衝突し左足首を怪我したソンジョングクは、現在足を完全に地につけないほどで、持続的に痛みを訴えている状態であると、彼の国内エージェントのプライムスポーツ側が9日に発表した。
7日午後に病院へ行ったが「状態が深刻なようでX線検査をしなくてはならず明日再び来い」という言葉を聞いて帰宅、まだ正確な診断が下されていない状態だ。
しかし痛みを訴えつづけていることから推測しすぐに復帰するのは無理な状態だ。
したがって今月19日に予定されている世界オールスター−レアルマドリード戦出場はもちろん前半期の残り2試合(15日AZ戦、22日ブレダ戦)出場が不透明だ。
プライムスポーツのチャンヨルチョル社長は「いったん鍼を打てるように措置をとった。当初今月24日入国し2週間程度休暇をとる予定だったが、これを繰り上げなければならないかはまだ球団と話し合っていない」と語った。

<スポーツソウル-12/4>
旅立つホンミョンボ

今や一月も残っていない。この年が終われば彼は韓国を離れ新しい地で新出発をしなくてはならない
来シーズンからLAギャラクシのユニフォームを着てアメリカプロサッカー(MLS)の舞台に立つ「永遠のリベロ」ホンミョンボ(34)。
将来、ドイツのベッケンバウア−やフランスのプラティニのような世界的なサッカー行政家になるという偉大な夢を描き、その夢を実現する為の初段階でアメリカ進出を決心したホンミョンボはFAカップ出場を放棄したままアメリカに発つ準備に最近も大忙しだ。

●LAギャラクシでの新スタート
先月20日、ブラジル代表チーム招聘戦を最後に代表チームから引退したホンミョンボは、LAギャラクシ球団との手続きを完了するため、最近、アメリカに行ってきた。
ホンミョンボはアメリカ訪問の1週間球団関係者と、在米韓国人たちから熱い歓迎を受け、韓人会が用意した歓迎行事に参加し、アメリカプロバスケットボール、アイスホッケー、ジュニアサッカーの試合も観戦した。

「球団はもちろん、現地の僑人たちの歓待が期待以上に大きかったです。一旦ニュースが現地TVを通じ既に伝えられていた為か私のことがわかるファンも意外に多かったし。球団に対する印象もよかったです。」
LAギャラクシは最近4年間MLS決勝戦に3回も進出し、今シーズントップに立った強豪チームだ。2002ワールドカップに出場したコビー・ジョンズなど、国家代表出身選手もいる。それにもかかわらずホンミョンボをスカウトした理由はなにか。
「球団側はこれまで私が積んだ経験をチームメートに伝授して、守備から攻撃に転換する時ロングパスを正確に出せることを望んできます。LAギャラクシの選手達は身体条件がよく、プレーもタフだといえるほど活気にあふれているが、ゲーム運営能力がスムーズでないんです。ボールの配給が遅く、早い攻撃が苦手なのがこのチームの大きな弱点でしょう。」

ホンミョンボはLAギャラクシと2年契約を結んだ選手生活をそこで終えるつもりだ。引退をしてもアメリカにはさらに3年ほど滞在しサッカーに関して本格的に学ぶ計画だ。

「契約期間は2年ですが体力がついて行かなかったら1年に短縮もできます。アメリカには状況によって4〜5年ほど滞在することになるでしょう。その後は英国で2年程勉強するつもりです。」

ホンミョンボはいずれベッケンバウアーやプラティニ、ぺレのような世界的なサッカー行政家として仕事をする考えだ。彼のアメリカ進出もこれを念頭におき実現した。
選手としてプレーしながら英語も学びサッカーに関する全般的な知識を拾得するのにアメリカがもっとも適していると判断した為だ。

「アメリカは特にサッカーだけでなくスポーツマーケティングが発達した国ではないですか。選手としてプレーする間、主に英語駆使能力を育て球団運営に関する情報を得るのに尽力しますが、引退後はサッカーマーケティングと行政等、サッカーに関する眼識を育てるのに力を注ぐ考えです。」

●ベッケンバウアーのような偉人になる。
世界的なサッカー行政家になるというホンミョンボの夢は92年FIFA選手委員として選ばれた時に始まった。

「その年2月、スイスFIFA本部で初委員会が行われたのですが、驚いたことにベッケンバウアーとプラティニ、エウゼビオなど、世界サッカー界の大物がほとんど私を知っていたんです。それで彼等と一緒にやれるという勇気を得たのです。でも言葉が問題でした。言葉が通じなかったので、話ができるようにならなくてはなくてはだめでしょう。」

昨年8月浦項スティラースに復帰するまで5年間Jリーグに身を置いたホンミョンボは、韓国サッカーの行政力にヨーロッパのようなサッカー先進国はもちろん、アメリカや日本にも及ばないと断言する。

「日本はプロリーグスタート前から徹底に準備し、このためリーグ運営に混線や雑音がほとんどありません。ひとつの例として、試合後のインタビューを行う過程やファンサイン会を行う方式等に関する原則が日本にはしっかり立てられています。
これに比べ我が国はプロリーグ出帆20年を目前にした今でさえ制度的に未熟な部分が多いです。」

ホンミョンボは現在のような球団運営に対しても改善点が多いと指摘する。企業は専門経営者が担うことが望ましいように、サッカー人出身がプロ球団を運営し選手がもう少し自分の声を出すことができる風土作りが先決だということだ。今こそ選手会を結成し球団と対等な位置で年俸と契約条件等を調律しなくてはならない時だと強調した。

●ワールドカップ4強で「恨」をとく。
ホンミョンボはサッカー選手として誰よりも華麗な道を歩んできた。
国家代表として13年間プレーし、ワールドカップだけでも4回も出場した。
特に今年ワールドカップ4強の偉業を達成し、親友のファンソンホンとともに華麗な国家代表引退式を行いもした。しかし未練があるのではないかという問いに彼は断固として「全くない」と首をふった。

「2002ワールドカップ前もワールドカップ初勝、16強進出が最大の夢でした。今年その夢がかなったので、今は「恨」は全くありません。ただ我が国が今後もワールドカップで好成績を収められたら嬉しい」このような点でホンミョンボは後輩達に言いたいことが多い。

「後輩の中には私より身体条件がよく潜在力に溢れる選手が多いです。しかし経験不足で簡単に自慢心を持つのが問題です。自信にあふれるのはいいが、選手としての立場を忘れ一時的な人気に自惚れて試合以外のことに時間を浪費する選手がいるがそれではだめです。」

ホンミョンボは昨年8月、疲労骨折でJリーグを離れ浦項スティラースに戻らなくてはならず、年末までワールドカップ代表チームに選ばれるかどうかが不透明だった。この時が選手生活で最も苦しかったという彼は、できるだけ多くの後輩が海外に出なくてはならないと考える。

「韓国サッカーが更に発展する為には何よりも選手達が外に出て多くの事を学ばなくてはなりません。強いチーム、優秀な選手の間で経験ほど貴重なことはないのだから」

ホンミョンボは彼自身がそれを実践する為、今年年末、家族とともにアメリカ行きの飛行機に乗る。

<スポーツソウル-12/2>
義理の男 ファンソンホン、全南残留決心

未知の開拓地 アメリカに飛び立とうとしていた「ファンセ」が義理と情が宿る場に報恩の巣作りをした。
やはり「ファンセ」ファンソンホン(34・全南)は義理のゴールゲッターだった。
ファンソンホンが1日、アメリカ進出を放棄し全南残留を選択した決定的な背景として、イフェテク監督との情が大きく作用したという噂だ。
イ監督は、88年建国大2年だったファンソンホンを初めて国家代表に抜てきし、その年12月6日、アジアンカップ韓日戦を通じ、Aマッチにデビューさせた恩師。
ファンソンホンは、このデビュー戦でゴールを記録し、師匠の期待に応え、これを契機に90年代韓国サッカーの看板ストライカーに成長することができた。
師弟間の縁はプロ舞台にも事実上続けられた。イ監督は、90年プロドラフトを拒否したファンソンホンを自分が監督でいた浦項スティラースの選手にスカウトし、91年レバークーヘンアマチュアチーム、92年2部リーグ※ブフォタルでプレーさせた後、93年、浦項スティラースに入団させた。
このような縁が元で、今年7月、日本の柏から放出され無籍選手の危機にあった弟子を再び自分が指揮する全南に迎え入れた
ファンソンホンとしては実際将来を考えたら、アメリカプロサッカーMLSの舞台に行くこともできた状況だ。もちろん体の状態に対する心配と最高27万5000ドル(約3億3000万ウォン)に留まる年俸も考慮されたが、それよりもイ監督と全南に対する申し訳なさが最も大きかった
国内に居場所を用意してもらったにもかかわらずアキレス腱の状態がよくなく、ただの1ゲームにも出られないままアメリカ行きの荷造りをするのは礼儀知らずではないかと考えたためだ
実際ファンソンホンが全南に残留するのに反対要因はこれといってない。
今後のコーチ職保証や最高年俸(現在月2000万ウォン)もまだ話がなされていなかった。無条件に残留を宣言したことになる。
球団もこのような点を意識し年末からドイツのブレーメンで実施するリハビリの費用を支援する計画だ。
年俸も国内最高水準を考える雰囲気だ。
ドイツで治療が長引いた場合、来年1月末からトルコ(暫定)転地キャンプの現場にすぐに合流させる計画も立てている。
最高の才能を誇り、韓国サッカーにストライカー系譜を引き継いでいたが、思いもよらぬ負傷などで誰よりも大きな栄辱の年月を送らなくてはならなかったファンソンホン。
出身チーム浦項スティラースを離れた古い友人ホンミョンボ(浦項スティラース)が来年アメリカでプレーしている時に、「老木が祖先の墓を守る」気持ちでKリーグで選手生活の最後の闘魂を繰り広げてくれるだろうと期待する思いはイ監督と全南球団も同じだろう。

 

 

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