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<KFA-12/20>
韓国ードイツ両チームミックスゾーンインタビュー

イウンジェ「今日のゲームを忘れ最終予選に集中する」
-2004年最後の試合を格好よく締めくくったが。
これから重要な山が多いので一層いい結果がでるように選手たちがまたプレーしなくてはならないと考える。今日の試合の勝利はこれで忘れ親善試合は親善で終わるべきだ。これから重要な試合があるのでその試合を考えて頑張らなくてはならない。

-カーンと再対決して勝利したが。
一旦勝ったことはいいことだ。言うまでもなくいいことはあきらかだ。
しかし誰と、どんな選手と対決するということよりは、自分自身とグランドで戦う。我が選手たちがグランドで力を合わせるのがより重要である。サッカーは一人の対決ではなくチームの対決である為、私に1:1対決のようなものはない。チームが勝つのに一人一人が支えになるのが重要だ。

-バラックのペナルティキックを止めたが。
バラックがどこに蹴るか予め予測し予測通りに来て止めた。

-ゴールキーパーとして競技のMVPを与えられた場合は多くないのに受賞の意味が大きい。
受賞の意味は選手たを督励し、一生懸命、 よりいい試合をしろということのようだ。
すぐに2006ドイツワールドカップアジア地域最終予選が2月9日にクェート戦からスタートするので先輩として選手たちを励ましきれいに最終予選を通過しろという鞭のようだ。

-序盤に選手たちにいらいらしたようなジェシュチャーをとったが。
いらいらしたのではなくずっと選手たちの目を覚まさせなくてはならなかった。弱いチームを相手するのではなく、素晴らしいチームを相手に選手個々人が怖じ気づかないわけがない。90分間選手たちが最善をつくしいい試合をしてくれたことが後ろで見ていながら感謝する。

ー今日の試合には海外派が不在だった。レギュラー争いが熾烈になることを意味しているが。
こういう状況がよりいいと思う。
ドイツワールドカップ本大会に進出したとしても、今日の11名がこのまま行くのではなく、誰かが中間でだめになることもあるため、自分がどういうふうにプレーしなくてはならないのかもう一度考え直す機会になる。

キムサンシク「後輩が一生懸命やってくれて楽な試合だった」
ー今日の試合で3−1完勝を収めたが試合を評価したら。
初めて一緒にやる選手が多く試合序盤にミスもあり難しい状況が多かった。
しかし時間が経つうちに自信が出てチームが先制ゴールを決めてからは韓国にチャンスが多かったようだ。

ー監督の注文は。
攻撃加担を自制しバラックにぴったり付けという指示だった。

ー積極的なプレーでミッドフィールドで主導権を逃さず対等な試合を繰り広げたが。
久しぶりに代表チームに合流して初めて出た試合で震えたのは事実だ。バラックのような有名な選手とマンツーマンで付かなくてはならないというプレッシャーも大きかった。
緊張した試合だったが後輩たちが沢山走ってくれて意外に楽に試合に集中できたようだ。

ー選手構成に相当大きな変化があったが、先輩たちが引っ張っていてくれた時と、若い選手だけでやるのとはどんな違いがあるか。
それなりに長短 がある。先輩たちがいる時は豊富な経験をもとに巧みに後輩たちを引っ張ったが走る量が不足することもある。
今は個々人の能力が多少不足する面があるが走る量では以前の先輩たちより多いと思う。
今日の試合でも活動量がドイツより優れていた為勝利できたと思う。

闘志あふれる守備力を見せたパクチェホン「ペナルティーキック提供がつらい」
ドイツのような強豪に勝てて気分がいい。
しかし個人的には結果がどうでもペナルティーキック(後半39)を提供したため満足できない試合だった。
試合中足を怪我したのも残念だ。負傷の程度は病院で正確な診断をうけなくてはならない。
初めて若い選手中心の守備ラインが構成されたがそれなりによく息があってたと思う。しかしまだ固めなくてはならない部分がおおい。
先輩たちと一緒にプレーした時は個人的に心的な負担が少なかったが、これからは後輩を引っ張っていかなくてはならないという責任感を感じる。
しかし後輩たちがまたそれだけ沢山走ってくれるので試合をするのが楽だ。それぞれの長短所があるようだ。
ドイツはプレスがとても強いチームだった。
このような強豪を相手にするため守備ラインから出される多様な方法を沢山補強しなくてはならないと思った。
今日のように守備ラインがぴったり息をあわせながら強い姿を維持すれば今後もずっといい試合を披露できるだろうという自信がついた。

Aマッチ初出場、キムドンヒョン「とても緊張した試合」
強豪との試合でチームが勝利を記録し嬉しい。
初めて国家代表チームに合流して練習し試合を行ったがとても楽な気持ちで嬉しく送った時間だった。今日の試合は個人的にとても緊張したようだ。今後もさらにいい姿を見せる。

ドイツゴールキーパー、オリバー・カーン「韓国の2番目のゴールには驚いた」
韓国は予想よりもとても攻撃的だった。
日本との試合後約3日ぶりに韓国と試合を行い、タイとの試合を残している。
タイで有終の美を飾れるように努力する。
ドイツ代表チームがアジアツアーを行いながら初めて失点し、敗北を記録した。
敗北は残念だがサッカーをして失点をするのはゴールキーパーとして特別に驚くことではない。しかし韓国の2番目のゴールはゴールキーパーとして失点するほかない驚きのシュートだった。

ドイツ代表チームキャプテン、ミハエル・バラック
勝利した韓国を祝福する。優勢な試合にも関わらず負けて本当に悲しい。

チャドゥリ「ドイツ守備手、背が大きくクロスが不正確だった。
ー今日の試合を通じ世代交代の必要性が提起されるようだ。それに対する考えは。
今日の試合を通じ海外は選手たちがこれ以上必要ではないという雰囲気がつくられるのは絶対に避けなくてはならない。
その選手たちは強い相手と常に試合をしているため誰よりも経験が多い。
彼らの経験と競技力は代表チームに非常に重要な資産だ。
従って今日の試合の結果だけを見て海外はやベテラン選手は必要ないということはまちがった意見だと考える。

ー序盤に相手後方への浸透が果敢に行われた。しかし多くの浸透に比べ相対的にクロスが不正確だったが。
ワントップの時難しいのは相手守備手が多いということだ。
攻撃手はひとりなのに守備手は2、3名が付くためクロスが正確ではないと意味がない。
しかしドイツの守備手が相当に長身なのでクロスが難しかった。
また守備中心の戦術をとりながら速攻が中心となるゲーム展開だった。したがって前方で一人で立っているイドングクにクロスを出す機会自体が少なかった。

ー最後のゴールの状況でチョジェジン選手にパスしたボールは実はシュートではなかったか。
当然だ(笑)。
シュートだったが外れて入らないと思った。 ラッキーなことにチョジェジン選手がポジショニングがよくゴールにつなげ本当によかった(笑)。

<スポーツソウル-12/15>
ボンフレレ単独インタビュー「本大会行きチケット問題なし」

ジョー・ボンフレレ国家代表チーム監督が006ドイツワールドカップ本大会進出の希望を胸ガルフカップの現場を発った。
ワールドカップアジア地域最終予選で韓国とともにグループAに属するサウジアラビアとクウェートの戦力を分析するため直接、第17回がガルフカップが行われるカタールに渡ったボンフレレ監督は、15日(韓国時間)韓国行き飛行機に乗る直前にホテルでスポーツソウルとの単独インタビューを通じ韓国のワールドカップ6連続進出に対する確信を明らかにした。
ボンフレレ監督は「若い血で構成されたクウェートの闘志あふれるプレーとサウジアラビアの鋭い逆襲が印象的だった」と今回の戦力分析の特徴を要約した。
クエートは2試合連続一人ずつ退場させられ劣勢の中で一勝一引き分けを記録し若い選手たちの強い闘志がボンフレレ監督に強い印象を与えたとみられる。
アルゼンチン出身のカルデロン監督が率いるサウジもクウェートに逆転負けしたが内容的によく、2回戦で早い逆驟雨でイエメンを2−0で完勝した。
彼は「クウェートの選手たちが勝とうとする意欲に溢れ、サウジアラビアは鋭い浸透パスと相手守備を中間においての2対1パスなど、多様で精錬されたチーム戦術と個人戦術を手際よく駆使した。しかし具体的には明らかに出来ないが両チームとも細部的には弱点があり十分に勝てるという結論を下した。いっしょに試合を見守ったスタッフと熟議して対応戦術を用意する」と語った。
ボンフレレ監督は特に「初戦のクウェートがワールドカップ最終予選を控えベテラン選手を補強したとしても緊張する必要は全くない。」と言い切り、それなりに十分な情報と対応策を用意したことを示唆した。
12日、クウェートーサウジアラビア戦を見守ったボンフレレ監督は15日クェートーバーレーン戦を観戦した後、サウジアラビアーイエメン戦後半戦中盤で飛行機の時間の為に席を離れた。
ボンフレレ監督は、韓国に到着しすぐに釜山に移動しドイツとの親善試合を準備する。
次はボンフレレ監督との一問一答。

ー一時、指揮をとったカタールに帰って来た気分は。
まず久しぶりに昔の友人たちに会い沢山話をして楽しい。
サウジアラビアとクウェートの試合を直接見て知人たちを通じ間接的に多くの情報を得た。

ーカタールとUAEの代表チームを率いながらサウジアラビアやクウェートともなんどか試合をしただろう。
中東地域のチームどおしてが一年に数回対戦する機会があった。何回試合をしたかは記憶にない。

ーその当時と今を比較して変わったことは。
特別に目につく大きな変化はない。
チームごとの特徴が少しずつ違い客観的には戦力差がはっきりしていても中東チーム同士では大部分似通った水準の試合を行う。
クェートの荒い守備は相変わらずで若い選手たちの意欲が溢れて見える。サウジアラビアはミッドフィルダーの組織力が際立ち逆襲能力に優れていた。サウジアラビアが戦術的にクェートよりはよく組織されたチームだが結果は違った。

ー本大会に進出できる自信を得たか。
もちろんだ。
はじめから私たちの目標はワールドカップ本大会ではないのか。
グループAで本大会進出チケットをとる2チームを選ぶとしたら唯一選択できるチームが韓国だ。
サッカーでは全てのことが可能だが他のチームに神経質になる必要はない。

<KFA-12/11>
2006ドイツワールドカップ、アジア最終予選組編成確定

2006ドイツワールドカップアジア地域最終予選組編成が確定した。
韓国は12月9日マレーシア、クアラルンプールのAFCハウスで行われた組抽選で、サウジアラビア、ウズベキスタン、クウェートとともにグループAに編成された。
12年ぶりに対決するかと関心を集めた北朝鮮は、日本、バーレーン、イランとともにグループBに編成され最終予選を行うことになった。
ワールドカップ本大会行き4.5枚のチケットをかけたアジア最終予選は来年2月9日から8月17日までグループ別、ホームアンドアウェイ方式で進行される。
各組1、2位のチームは本大会に直行し、グループA、B3位のチームはプレーオフを行い勝者を決定した後、北中米国家と再びプレーオフで残りのチケットを争うことになる。
韓国は来年2月9日、ソウルワールドカップスタジアムでクェートとの初競技をスタートに、2006ドイツワールドカップに向かって長征にでる。
一方、組抽選式の参席したサッカー協会、カサムヒョン対外協力局長は、「最終予選に進出したチームは皆強豪チームであるため、毎試合が山だという考えで一生懸命闘い国民たちの期待に応える」と感想を述べた。また「12月10日からカタールで行われるカルフカップを通じ同じグループに編成されたサウジアラビアとクウェートの戦力分析にあたる」と中東チームに備えた資料確保に入った。

2006ドイツワールドカップアジア地域最終予選グループ編成
グループA:韓国、サウジアラビア、ウズベキスタン、クウェート
グループB:日本、イラン、バーレーン、北朝鮮

2006ドイツワールドカップアジア地域最終予選グループA日程

2005.02.09 韓国:クウェート ソウルワールドカップスタジアム ソウル(20:00)
2005.02.09 ウズベキスタン:サウジアラビア サウジアラビア

2005.03.25 クウェート:ウズベキスタン  クウェート
2005.03.25 サウジアラビア:韓国 サウジアラビア

2005.03.30 クウェート:サウジアラビア  クウェート
2005.03.30 韓国:ウズベキスタン ソウルワールドカップスタジアム ソウル(20:00)

2005.06.03 サウジアラビア:クウェート  サウジアラビア
2005.06.03 ウズベキスタン:韓国 ウズベキスタン

2005.06.08 クウェート:韓国  クウェート
2005.06.08 サウジアラビア:ウズベキスタン サウジアラビア

2005.08.17 韓国:サウジアラビア ソウルワールドカップスタジアム ソウル(20:00)
2005.08.17 ウズベキスタン:クウェート サウジアラビア

2005.09.03 AFCプレーオフ1回戦A3位:B3位

2005.09.07 AFCプレーオフ2回戦B3位:A3位

2005.11.12 最終プレーオフ1回戦
2005.11.16 最終プレーオフ2回戦


<スポーツソウル-12/7>
ファンボクァン、大分新監督選任

また一人の韓国人Jリーグ司令塔が誕生した。
日本の大分トリニータは6日、ファンボクァントップコーチ(39)を昇格させ、オランダ出身の、ハン ベルガー監督の後任に内定したと、球団ホームページを通じ発表した。
ファンボコーチの監督昇格で韓国サッカー人としてチャンウェリョン前札幌監督(45、現仁川監督代行)に続き2人目J1リーグ司令塔となった。チャン前監督は、2000年の川崎に続き2002年札幌を指揮した。
ファンボ新任監督は今年まではトップコーチの役割をして、来年初に正式に監督に就任する予定だ。
契約期間と年俸はシーズンが終わった後協議を経て決定される。
99年にコーチとして大分と縁を結んだファンボ現コーチは2000年から昨年までは球団の18歳以下ユースチーム監督を歴任し、今年、トップコーチとして司令塔を補助し経験を積んだ。
88年にソウル大を卒業し、プロ舞台でプレーした彼は95年までユコンで現役生活を送った後97年に引退した。90年、イタリアワールドカップのスペイン戦でキャノンシュートを炸裂させ「キャノンシューター」の愛称を与えられた。
ファンボ現コーチは「責任の重さを切実に感じている。まだチームが天皇杯を残しており、トップコーチの役割を忠実に行う」と現在は慎重に内定の所感を明らかにした。
大分は、前、後期通算8勝6引き分け16敗、勝ち点30で16チーム中13位を記録した。

 

<スポーツソウル-11/23>
「アジアクラブ大会からAFCチャンピオンズリーグまで」韓国サッカー挑戦史

韓国のアジアクラブ舞台挑戦史は1967年アジアサッカー連盟(AFC)チャンピオンズリーグの前進であるアジアンクラブ選手権大会元年にさかのぼる。
大韓チョンソクが初めて出場し4強に進んだ後、ヤンジ、陸軍などが出場したが優勝はできなかった。
69年、ヤンジが準優勝をなしとげたのが草創期の最高成績だ。
72年から13年間中断していたが再開し86年第5回大会で大宇ロイヤルズが初優勝カップを手にし道しるべを残した。

以後96年一和が覇権を握った後、浦項(97、98年)と水原(2,001,2002年)がそれぞれ2連続優勝の偉業を達成した。韓国はアジアンクラブ選手権大会最多6回優勝国と記録されている。

91年から2002年までAFC会員国のFA(サッカー協会)カップ優勝チームが参加し優越を争っていたアジアンカップウィナースカップ(現在はチャンピオンズリーグよりワンランク下のAFCカップに転換)で韓国は、98年水原、99年全南、2002年全北が全て準優勝におわり優勝とは縁がなかった。

しかしアジアンクラブ選手権大会とアジアンカップウィナースカップチャンピオンだけが激突する、「王中の王」であるアジアンスーパーカップでは96年一和、98年浦項がそれぞれ優勝し、2,001,2002年水原が2連続制覇した。

この他にアジアとアフリカクラブチャンピオンが激突するアフローアジアンクラブ選手権大会では、86年元年大会で大宇が優勝し、10年後には一和が頂上に立った。

2003年に名実ともにアジア最高クラブ大会に統一されたAFCチャンピオンズリーグで城南が優勝した場合、城南はアジア最初のAFCが主管する4つのグラブ舞台のタイトルを最多に席巻するという金字塔をを建てることになる。

<スポーツソウル-11/22>
最後の勝者は...Kリーグプレーオフ4強集中分析

2004三星ハウゼンKリーグの有終を飾るプレーオフ(OP)が12日後に近づいた。
水原、全南、蔚山は後期と統合1、2、3位に分けられ急な上昇でシーズンを終え前期優勝をしてゆったりと後期リーグを見守った浦項も光州とのシーズン最終戦で勝利し雰囲気をあげている。
ポストシーズンは一発勝負の4強POに続き、ホームアンドアウェイ方式のチャンピオン決定戦が行われる最短期間戦だが、アジアサッカー連盟(AFC)チャンピオンズリーグ決勝と日程が重ならないように配慮され後期リーグが終わった後2週間の準備期間が与えられる。
2週間どうやって戦力を極大化して勝負に対する集中力を維持するかが今シーズンを決定すると見られる。
PO進出チームの中で歴代短期戦勝負で水原が最も強さをみせた。1998年POを経てKリーグ優勝カップを掲げたのをはじめとして、7勝4引き分け3敗と
64.2%の高い勝率が自慢だ。今PO進出チームが水原が優勝した98年と同じだという点も面白い。
96年チャンピオン決定戦で優勝した蔚山も短期戦勝率53.8%だ。
しかし水原は最近3年間、全南と3勝4引き分け3敗と張り合う。10ゴールずつを入れて入れられゴール得失点まで同じだ。
浦項は最近3年間蔚山に5勝1引き分け4敗とわずかにリードしているがやはりゴール得失点では優越をつけがたい。
水原は23日午前の練習と午後の練習をかわぎりトレーニングの強度を高める計画だ。
28日頃には大学チームを相手に実戦に近いスパークリングを行う。
「POだからといって練習内容が特別に変わることはない」と強い自信を見せている。
創団以降初優勝に挑戦する全南も24日に練習を再開し、2日めから3−4日程度、済州島に短期キャンプに出発しPOに備える。
負傷の選手が十分に休めるようにし回復に集中する計画だ。レハビリ段階に入ったキムジョンギョム、ノビョンジュン、キムナムイルらが2週間身体を作り、走れるようにするのが目標だ。
攻撃に比べ守備に虚点が多い水原の弱点を集中的に攻める為の戦術練習も並行する。
「サッカー名家再建」の旗をかかげる浦項は23日から本格的なPO体勢に突入する。
キョンナム、ヤンサンで選手たちの体力点検と戦術練習を並行し、大学チームと練習試合を通じて実戦感覚を維持する計画だ。
チェスンホ監督は後期最終戦でユソンヨンがハットトリックを記録しゴール日照りが解決したのを大きな所得だと考えている。
今シーズン通算順位1位につけ起伏なく戦力を自慢する蔚山も休息をとった後23日から練習を再開し優勝法探しに出る。

 

<スポーツソウル-11/19>
ワールドカップ最終予選「南と北」あたる確率高い

2006 ドイツワールドカップアジア地域最終予選グループ抽選に南北韓を配慮した政治的考慮がないことが確認された。
これにより南北が同じグループに編成され競技を行う確率が高くなった。
大韓サッカー協会のある高位関係者は、「来月9日にマレーシアのクアラルンプールで行われる最終予選グループ抽選は政治的な判断を完全に排除した中で進行するというのがアジアサッカー連盟(AFC)の方針」であると19日に明らかにした。
この関係者は「以前は政治的な関係がきわめて微妙な国家を相手に一定の配慮をした事例もあるが、大会のルール運営につながる後遺症もあった。以後AFCは政治的な考慮は一切排除するという原則を守っている」と付け加えた。
アジア地域最終予選に進出した国家は、韓国をはじめとして、北朝鮮、日本、ウズベキスタン、サウジアラビア、イラン、クウェート、バーレーンの8カ国だ。
この中で、韓国と日本はシード権を与えられ、残りの6カ国が抽選により、韓国組、または日本組に分けられる。従って北朝鮮が韓国と同じグループになる確率は半々だ。
これに関連して日本の日刊スポーツは、北朝鮮サッカー関係者の言葉を引用して、「北朝鮮が日本と同じグループに属することを望んでいる」と報道し注目を集めた。
この新聞は、「北朝鮮側は応援団と取材陣の自由な移動に問題が生じかねないという理由でAFCに南北韓の試合の回避を要請したという話もあり、戦力的に(韓国より)日本を侮っていることもありえる」と伝えた。北朝鮮が実際にこのような要請をしたかは確認できていないが,AFCが「政治性排除の法則」を堅持している限り、北朝鮮の立場から、韓国または日本とあたる可能性はそれぞれ50%だ。
南北が同じグループに属するとしたら、国際サッカー連盟(FIFA)の規定により、南北の試合もホームアンドアウェイで行われることになる。
この場合、ソウルと平壌を行き来しワールドカップ最終予選を行うという初めての出来事がおこることになる。
ただ当事者である南と北が協議してAFCとFIFAの承認がれば、第3国での試合も可能だ。
94アメリカワールドカップのときはアジア最終予選が一つの場所でフルリーグで行われるという方式で、南と北はカタールのドーハで試合を行った。

<イルガンスポーツ-11/18>
アンジョンファン、「足首負傷」、莫大な損害

損害が並大抵ではない。
モルディブ戦は韓国のドイツワールドカップ最終予選進出をもたらしたが、アンジョンファン(28、横浜)には痛嘆の「負傷悪夢」を抱かせた。

アンジョンファンは17日、モルディブ戦に先発出場したが、前半26分、モルディブの守備手と衝突し、右足首の上部が骨折するという重傷を負った。
ユンヨンソル大韓サッカー協会医務分科委員長は、「骨が完全にずれてはいないが手術をしなくてはならない状況だ。」「運動ができるようになるまで2ヶ月」と説明した。
アンジョンファンは、当初20日日本に発つ予定だったが所属チームの呼び出しで18日午前に出国、現地で手術を受ける予定だ。これでアンジョンファンは今シーズンを締めくくることになり前期リーグ優勝の横浜が12月に出場するチャンピオン決定戦などに出られなくなった。
横浜がアンジョンファンと再契約をしないだろうという報道が現地新聞で流れている状況で彼の負傷は悪材料となるほかない。
強豪チームたちが激突する最終予選を控えた代表チームも戦力損失が不可避となった。
2ヶ月後でないと本格的なリハビリトレーニングが可能なアンジョンファンは1月実施される代表チーム海外遠征キャンプ同行と、2月9日最終予選1回戦出場が難しいとみられる。
個人的に最も大きな損失は、わずかながらの期待をかけた今シーズン「ヨーロッパ行き」が事実上挫折したという点だ。
イタリア、セリエA、ラッツイオの事情に明るいアンジョンファンのある側近は、最近球団にアンジョンファンの入団の可能性を問う状態。
ラッツイオ側は今年6月に来韓、アンジョンファンの側近と会い移籍料や年俸などの条件を打診したが、150万ドルの移籍料があまりに多いと獲得を断念し帰国した。しかしアンジョンファンの側近は最近ラッツイオの親しい球団関係者に、移籍料を下げられるという意見を提示したのち、獲得の意思があるかの答えを待っていた。

ラッツイオ入団の可能性が小さい初歩的な水準の接触だがもしラッツイオが関心があるとしたら、アンジョンファンは来年始めにヨーロッパサッカー市場の「トランスファウィンド」(臨時選手移籍市場)期間に入団できた。
しかし今回の負傷で一切期待がもてなくなった。いろいろとモルディブ戦はアンジョンファンに最悪の結果を運んで来たことになる。

<KFA-11/16>
ボンフレレ監督ーイヨンピョーイチョンス、モルジブ戦を控えてのインタビュー

勝利を誓うボンフレレ監督
-練習期間が短かったが組織力を固めるのに苦労はなかったか。
木曜日から始め週末を経て今まで練習してきたが、その結果に対しては相当に満足している。
何人かの選手が遅れて合流したのが少し残念だがそれは仕方ないことで、彼らの状態は練習を通じて見守るべきことだ。
一部疲れが見える選手もいるが、試合の重要性をみんな知っているために最善を尽くすだろう。

-遅れて合流したヨーロッパ組のコンディションはどうか。若いので疲労に耐えるだろうし、またすぐに回復するだろう。今、選手たちの身体と気持ちは競技でプレーする準備ができている。遅れて合流した選手たちもこのような部分を理解するだろう。いい競技を披露する。

-選手たちに攻撃的なプレーを注文したが、もし2-0や3-0でリードしてもずっと攻撃的に出るのか。攻撃的というのはファウルをしない範囲内でタフにプレーをするという意味もあるが、攻撃にもう少し重心をおき、熱くゲームを戦うという意味もある。
単純にフィールドで攻撃的にやれということだけでなく気持ちも勝つために努力しろという意味だ。
2、3ゴールを入れたとしてももっとゴールできるならもっとゴールを狙う。今までゴール日照りだったがそれを払いのける。

-試合が近づいてきたが練習に重点を置いている部分は。遅れて合流した選手たちもいるので残った期間チームとしての組織力をどうやって強化していくかを考え、中心的に実施する。

-モルディブに対してはどういう評価か。
前回の試合で0-0で引き分けたと聞いたが、そのときは暖かく、ここは非常に寒い。彼らが適応するのが困難だろう。もう少し攻撃的に強い精神力をもとに果敢な試合をすれば。必ず勝利する。


イヨンピョ、「常に自分のポジションで最善を尽くし勝利する」
-久しぶりに代表チームに合流した感想は。
いつもそうだが代表チームにくると気分がいい。みんな知っているようにモルディブ戦はとても重要であるため勝つために努力する。最善を尽くす。

-ヨーロッパ組が遅れて合流したが問題点はないか。
選手の立場でいいコンディションでプレーできればいいが、よくないとしても最善をつくし勝たなくてはならないのがサッカー選手だ。
二日遅れて合流したとしても組織力などの部分で大きな影響はないだろう。組織力は一日でなるものではく、長い時間をかけて作り上げるものであるため、今後練習を続けて、足並みをそろえることができるだろう。

-オランダで好調だが。
いつも勝とうと努力し最善を尽くしている。オランダでも、代表チームでも、自分のポジションで最善を尽くし勝つ。

ソルギヒョン。「得点よりもアシストに重点を置く」
モルジブ戦は重要な試合で、必ず勝たなくてはならない試合であるため最善を尽くす。
最近サッカーファンたちが失望することが多いが必ず勝って喜ばせる。
ルーグで2試合休んだのでコンディションが少し落ちているが、残りの時間を一生懸命コンディションをあげるようにする。(ボンフレレ監督が赴任後1ゴールしか記録できないでいるが、相手が弱いぶん、ゴールの欲がでないかという質問に対して)ゴールを入れることも重要だが、自分でなくてもゴールを入れられる選手が多い。私が左ウィングを見ているためアシストできるように努力する。

イチョンス、「果敢に攻撃的なプレーで得点を狙う」
競技へのプレッシャーがあるが、勝てると思う。
どうせ勝つために来たのだから勝つだろう。
全てのサッカー選手がそうであるように、自分もまたワールドカップに出たい。そのためにはこの試合を必ず勝たなくてはならない。
全てを懸けたいし、監督の指示通りに攻撃的に、果敢にプレーする。
お互いにゴールを入れようとするとゲームが難しくなるため、お互いに助けながらチャンスを狙う。もし自分にチャンスがきたらゴールを入れチームを勝利に導く。

<KFA-10/14>
ホンミョンボ選手の感謝のメッセージ

先週、選手引退を発表後周囲の沢山の激励を受けたホンミョンボ選手が大韓サッカー協会ホームページを通じサッカー界先輩後輩とサッカーファンに感謝の挨拶をしたいという意思を伝えて来た。

ホンミョンボ選手が送って来たメッセージ全文を掲載します。
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韓国サッカーを率いて来た先輩方と同僚の皆さん。
韓国サッカーの未来である後輩の皆さん。
そしていつも愛を持って見守って下さった国民の皆さんへ。

こんにちは、ホンミョンボです。
今、私は25年間履いて来たサッカーシューズを脱ぎグランドを去ります。

見守る者が誰もいなくても、サッカーボールとグランドだけあれば私は走りました。
そうやってサッカーを始めました。
私一人でサッカーをしたとしたら、息の切れるトレーニングを繰り返しながら放棄していたかもしれません。しかしそのとき、先輩や同僚、後輩たちがいたから、いつも私の健康を願った両親と家族がいたから、そしていつも愛をもって激励してくれたサッカーファンと国民の皆さん、マスコミ関係者の方々がいたから。25年という歳月を、私はグランドに立つことができました。
私が能力不足でありながらも力を発揮できたのも、どこでも最善を尽くすことができたのも、それによってそれ以上の賛辞を聞くことが出来たのも、私一人でなしたことではなくスタジアム内外で熱烈に声援を送って下さった皆さんが作り出してくれたことだといつも思っています。もう一度感謝の言葉を述べます。

今まで数多くの試合を行いながら痛い瞬間も多く、胸がいっぱいになることも多かったです。負傷などの理由でグランドに立てないときは限りなく自分を責めたりしました。
国民の期待に応えられず失望したことも多かったように思います。しかしいつも最善のコンディションでファンの皆さんにいいゲームを見せたい思いには変わりがなかったと申し上げます。

今こそ告白することですが、数多くの国際大会に参加しながらも私とは縁がいのかと内心放棄していた大会がありました。それが、我が国で行われた2002年韓日ワールドカップでした。

私においてワールドカップはいつも残念さ、そして捕まえることができそうでできない影でした。
心だけ固めればいつか到達できそうなその場所はいざぶち当たると上がることができない場所でした。
そのように多くの挫折を経験した私でしたので選手として障害の最後である2002年ワールドカップに出場することは考えてもいませんでした。
しかし多くの方々の助けと激励に力を得て光栄にも韓日ワールドカップでプレーする機会を得ることになりました。
このワールドカップが最後だという思いで負傷から回復したばかりの身体でしたが、過去20数年間してきたことを全部あわせたよりももっと強度高いトレーニングを行い激烈な試合にも苦しいことも忘れて走りました。
私のサッカー人生に永遠に忘れることのできない感激のワールドカップ1勝を決め、これに16強進出が確定したとき私は3転4起という単語を思い出しこうやって粘ったから門が開いたという感激に包まれました。

全世界のサッカー選手の夢の舞台であるワールドカップを4回も経験できたことも私には過分な栄光ですが、これまで夢にまでみた16強進出に続き4位を達成したことも生涯忘れることが出来ない栄光です。

それは国民の皆さんが私だけでなく全ての選手たちを至極の愛で見守ってくれたから可能だったと確信します。
サッカーを心から愛し、いいときも悪いときも黙々とスタンドを埋めてくれたファンがいたからその栄誉の座があったと信じます。
少し前に選手生活を終えるという記者会見を行った後、私よりも周りの方々がより惜しんでくださり厳粛な思いになりました。しかし私は皆さんがこれまで包んで下さった大きな愛を、今、お返しする時になったと思います。

選手、ホンミョンボは2年前、韓国を発つときすでに引退しており、アメリカでの2年は私自身を整理し、韓国サッカーのために未来の私を準備する機会だと考えて一日一日を生きてきました。
私の未来がどのように広がって行くのかまだ確実ではありません。
しかし国民とファンの皆さんのおかげで今のホンミョンボがいるので、近づく未来も韓国サッカーと先輩後輩、同僚、そして国民の皆さんのために捧げられると確信します。
まだ足りない部分が多い私ですが、みんなの期待に違わないホンミョンボになるように激励して見守りむち打って下さい。

最後に私は昨年に続き今年の年末にも、先輩後輩、同僚、選手たちといっしょに恵まれない人々のための親善試合を準備しています。沢山の方が来ていただき私と選手たちの小さな志に参加していただければ感謝します。

<スポーツソウル-9/21>
高校有望株「プロより大学チーム進学」を好む

プロサッカー連盟が2004年からプロサッカー新人契約金を廃止し、高校サッカー有望株たちの 進路決定に変化が起こっている。プロ球団を夢見て来た多くの高校選手たちが好んで大学行きを選ぶ新しい風潮が生まれている。
高額の契約金を追いかけプロ入団を試みた過去数年間の実態とは違った姿である。
19歳以下ユース代表チームで有望株にあげられるパクスンミン(ヨンインFC)は、今年高校3年で延世大に進路を決定した。
同じ学校のチョンインファンもプロチームの求愛を受けているが延世大に傾いている。
ムクホ高を創団2年で全国高校サッカー選手権大会8強に導いた攻撃手、キムオソンとカンヌン農工高の守備手、ビョンジェヒョク、イセファンらは高麗大を選んだ。
ユース代表、ゴールキーパー、チャギソク (ソウル体高)が蔚山現代を、プンセン高のシンヨンチョル、キムテユンが城南一和に決定した他に、高校選手がプロ行きを選んだのは数える程度だ。
このような高校有望株たちの大学行きの傾向は、契約金制度が廃止になり大学に進学し新しい進路を模索するための作戦であると分析できる。
あるエージェントは、「高校有望株たちが入学後海外進出を保証する条件で大学を選んでいる」と話した。
高校選手たちがここ数年間プロ行きの傾向にあったために、スカウトに苦労した大学の監督たちが最も歓迎している。
高麗大、チョミングク監督は、「選手たちをつれてくるのが容易くなるのは事実だ。選手たちがおとなしくスカウトに応じ半信半疑のときもあるぐらい」と最近の状況を話した。

<スポーツソウル-9/6>
大韓サッカー協会、外国人監督ノウハウ、マニュアル化

大韓サッカー協会が代表チーム監督を任された外国人監督たちの「ノウハウ」をマニュアル化し、体系的に国内指導者、選手たちに伝授することになった。
大韓サッカー協会、キムジングク技術室長は5日、「これまで代表チーム監督を任されたコス・ヒディンクおよびウンベルト・コエリョ監督はもちろん、ジョー・ボンフレレ監督などが代表チーム選手たちを指導する方法に対するマニュアル化作業を行う」「遅くても今年末までこの作業を完成し、収集された材料を国内指導者講習で積極的に活用する方針だ」と明らかにした。
サッカー協会はすでに2002ワールドカップを控えたヒディンク前監督の準備過程からトレーニング方法などをビデオで録画していた。コエリョ監督のときからトレーニング方法に対するマニュアル化の必要性を切実に感じてきた上にボンフレレ監督の赴任初期からトレーニング過程を全て撮影してきた。
特に コエリョ前監督とともに仕事をしたジュジェ・アウグストフィジカルトレーナーに「年齢別
体力トレーイング方法」に対するレポートを提出するように指示するなど、外国人コーチングスタッフから技術を伝授されるため最大限努力してきた。
サッカー協会はこれまで集めてきたトレーニングおよびビデオテープでビデオ資料を作成しサッカー協会ホームページを通じ公開する予定だ。

<スポーツソウル-9/3>
U-17ユース代表チーム2年連続アジア頂上挑戦

ロバート・アルバーツ監督が率いるユース代表チームが、2回連続アジアのトップに挑戦する。
ユース代表チームは4日から18日まで、日本、福島Jビレッジで行われる、第11回アジアユース(U-17)選手権大会に参加するために、2日午前10時20分に出国する。
2002年大会で優勝した韓国は、攻撃手ペヘミン(FCソウル)と守備手チョンソンミン(サキポ高)が負傷で外れたが、ミッドフィルダー、コミョンジンと、ゴールゲッター、イチョンヨン(以上FCソウル)が健在であり主将、カンソック(ボインジョンサン高)もリハビリを終え加勢し、2連覇に力を加えた。
韓国は、オマーン、ラオス、ベトナムとともにB組に属し、中国、日本、タイとそろってA組に入った北朝鮮と8強戦で当たる可能性もある。
16チームが4組にわかれ対決する今大会に3位以内に入れば、2005年9月ペルーで行われるU-17世界ユース大会参加資格が与えられる。
韓国は4日、午後4時30分にオマーンとグループリーグ初試合を行う。

<イルガンスポーツ-8/1>
ボンフレレ監督-運がついてこず敗北

▲ヨハネス・ボンフレレ監督
初ゲームから今日までいいゲームを繰り広げたと思う。しかしイランを相手に序盤に2ゴールを失点したのが大きかった。同点に成功した後もゲームを掌握してこそ勝てたのにそれができず残念だ。イランよりも運がついてこず負けたようだ。普通3ゴールを入れたら十分に試合に勝てるものだがそれができなかった。
左にかなり穴が開いたのは攻撃に加担するため深く上がるかわりに守備がおろそかになったためだ。後半に入って、そちら側の選手たちに守備に加担することを注文し3-5-2と4-4-2システムを使ってみた。左サイドでの問題は戦術的なミスのためだ。
チームを任されて今大会を戦うまで相当に短い期間だったがすごくよくなったと思う。大会序盤より得点が多くなったが向上した点だ。いい選手が多いのにその中から11名だけを選抜するというのが問題だった。みんなよくやっているため11名だけを選抜するのは難しい。世代交代は来月のオリンピックが終わってから考えてみる問題だ。

▲ブランコ・イワンコビッチ イラン監督
選手が非常によく戦った。
韓国はプレスが優れたチームだった。イランと韓国は今日非常にハイレベルのゲームを戦ったと思う。
もちろん勝って気分がいい。ゴールを入れた後も全ての選手が韓国の反撃に立ち向かい球を逃さず勝利のために最善をつくした。
私たちはここチナンに到着するのに苦労し、3名が出場停止を受けたが、結局勝利できた。
オリンピック代表チームから来た5名の選手素晴らしいプレーを繰り広げイランサッカーの未来は明るい。
中国は試合を重ねるごとによくなっているが、私たちも運良く準決勝には出場停止だった2名が出場できることになった。

<KFA-7/10>
イドングクーチェジンチョル、ミックスゾーンインタビュー

イドングク、「体力的、精神的な安定感がプレーでの自信を持たせた」
ーまず久しぶりにAマッチでの得点おめでとう。今日の試合の感想は。
得点して特別に気分がいいというよりはまずボンフレレ監督のデビュー戦を勝利に導きチームの力になれて嬉しい。

ー苦しい彷徨の時期を送ったあと久しぶりにAチームに抜擢された。試合前どんな気持ちだったか。
まずプレッシャーがかなりなくなった。それに自分が持っているものを全て見せてチャンスがあればさらにプラスαをみせようと気持ちを固めた。そのような気持ちで臨んだのが今日のプレーの秘訣のようだ。

ー試合前、監督からのおく別な指示はあったのか。
まず視野を広く持ち余裕を持てという注文があった。そして同じくツートップででた(キム)ウンジュンと適切に息を合わせろという注文を受けた。

ーツートップパートナーのキムウンジュンとのコンビネーションは満足できたか。
以前、ユースでツートップで一緒にプレーし、長い期間いっしょにやっていたため問題がなかったようだ。

ー最近のプレーをみるとだんだんよくなっていると感じる。これに対しての本人の考えは。
まず2002ワールドカップ代表チーム脱落以降、長い彷徨の時間があった。入隊して軍人精神でその彷徨の時間を克服していると思う。また体力的にもかなりプラスになったようだ。今日、体力的に問題がなくまた精神的に安定を取り戻したのでプレーにもだんだん自信が加わっている。今日の試合ではウンジュンがパスを沢山出してくれて相対的にボールを持っている時間が多く、だからいいプレーをするチャンスが多かったようだ。

ーボンフレレ監督の特徴は。
まずパスゲームを何度も強調する。パスゲームを通じて試合運びをしようというのがボンフレレ監督が強調することのようだ。また精神力を強調する姿も見せる。

ー今日の試合で残念な点があるとしたら。
初得点後若干冷静でなかったのが残念だ。今後は得点や失点後に冷静さを維持し続け試合に集中しなくてはならない。

チェジンチョル、「選手たちは体力的に苦しい状況だがアジアンカップに対する意欲が高い」
ーまず今日の試合に対する感想から。
前半戦で はそれなりによかったようだ。しかし後半に 入り中盤で相手の選手を逃しスペースパスが何度か入れられてその中で危ない場面が何回かあった。

ー公式競技でイミンソンとコンビを組むのもはじめてのようだが。
はじめてだが、ミンソンがよくやってくれて、自分もまたプレーしやすかった。ミンソンはどう思っているかまだ話をしていないがコンビネーションの面ではぴったりだったようだ。

−2002年1月ゴールドカップで得点後本当に久しぶりのAマッチ得点だが。
試合前日、セットプレーの練習を沢山した。今日、スタジアムに入りながらなぜかひとつ引っかかるような予感がした。(笑)ゴールの状況でウンジュンに前にもっと切り込めと話をし、自分が後ろに回りながらヘディングシュートをうった。ウルヨンのコーナーキックがよかった。

ー最近代表チームで3バックシステムを多く使用しながらまた4バックシステムに転換した。個人的によりやりやすいシステムは。
ある程度組織力があったら4バックが非常に容易い。もちろん4名の守備ラインが少しでも合わなかったら虚点が露出し、また4名の守備ラインがよくても中盤で助けてくれなかったら非常に難しくなる。
全体的に中盤や守備ラインのコンビネーション、組織力がぴったりあってこそ安定的に運用されるシステムだが、息さえ合えば4バックがいいと思う。
もちろん4バックシステムをとりながらまだ合わない部分もあるかもしれないが、さらに息を合わせていけばいい姿をお見せできると思う。
このような部分では監督が、目前のアジアンカップよりも、もっと先をみているようでもある。

ー守備型ミッドフィルダー、パクヨセプが守備ラインに相当近接してカバーしたが。
ウルヨンとヨセプ二人が同じラインで中央ムッヅフィルダーとして出たが、いずれにしてもウルヨンがもう少し攻撃的に出ることになり、ヨセプは後ろに下がりながら守備ラインのすぐ前でプレーしながら守備をカバーした。

ーキムジョンギョムやパクジェホンらの選手は自分のポジションではない位置でプレーしたが、問題はなかったか。
そのようなことは全くなかった。守備型ミッドフィルダーでも基本的にある程度やれる選手たちだと思っている。しかし中盤で相手が安全にパスができないようにもっとプレスしなくてはならないのだが、それができず距離をおいて守備をした場面があり、それで後ろのスペースを狙ったパスが入れられ守備が苦しくなったケースがあった。

ーアジアンカップまであまり時間がないがチームの雰囲気はどうか。
今は選手たちは意欲にあふれているが、前期リーグが終わり肉体的にとても厳しい部分もある。
チームの雰囲気は非常に高まっている反面、身体は非常に疲れているため選手たちがとても苦しがっている。しかしアジアンカップに合わせてコンディションをあげていけばいい成果をあげられると思う。

ー最後にボンフレレ監督に対して短く評するとしたら。
粘っこい人だ。(笑)完璧主義者で、何をするにも集中力を非常に強調し、完璧を要求する。

<KFA-6/18>
国家代表司令塔にオランダ出身、ボンフレレ監督選任

オランダ出身のジョー・ボンフレレ(Jo Bonfrere)監督(58歳)が韓国国家代表チーム新任監督として決定した。(正式名はJohannes-Franciscus Bonfrere).

大韓サッカー協会は6月17日、ボンフレレ監督と仮契約を締結し、ボンフレレ監督は23日入国後正式契約を結ぶ予定だ。
ボンフレレ監督との契約期間は、ドイツワールドカップが終わる2006年7月20日までの25ヶ月。
ただドイツワールドカップが予測できない事情で延期になった場合ワールドカップ終了時点まで契約が自動延長される。
ボンフレレ監督が選定されたのはアジアンカップとワールドカップなどを控え短い期間にいい成績を出すため経験がある指導者が必要だという背景が優先された。ボンフレレ監督はアフリカと中東などで難しい環境での指導者警官がある上に韓国がアジアンカップとワールドカップ予選で相手となる中東チームたちについてよく知っており最適任者であるため。
短い期間、難しい条件のチームを任され国際大会でいい成績を収めた経歴も作用した。
また母国語のオランダ語だけでなく英語やドイツ語など多様な言語を駆使し意思疎通に問題がない点も魅力だった。
なによりも韓国チームを担うという強い意志をみせ、いつでも赴任できる自由な立場だというのがアジアンカップ準備が切迫した韓国の実情にマッチしたという判断である。
1996年アトランタオリンピックでナイジェリアを優勝に導き世界的指導者として名声を得たボンフレレ監督は、選手時代オランダユース代表選手を経て、引退後は現役時代の所属チームMVVマストリヒトクラブ、ロダJC(以上オランダ)などを任され指導者生活をスタートした。
1990年からはナイジェリア国家代表チームヘッドコーチをはじめとして、ナイジェリア、カタール、UAEなど、アフリカ地域の国家代表チーム監督を次々と任され各種国家大会でいい成績を収めた。
1994年アメリカワールドカップではナイジェリア代表チームのヘッドコーチとして8強進出に貢献し、続いて1996年アトランタオリンピックでナイジェリア監督として金メダルを手にした。
2000年シドニーオリンピックでもまたナイジェリア監督を任され8強に導き、オリンピック参加直前に韓国を訪問し、当時ホジョンム監督が率いていた韓国オリンピック代表チームと2回の親善試合を行った。

ジョー・ボンフレレ監督の経歴
生年月日:1946年6月15日(58歳)
家族構成:婦人、1男(30歳)、1女(36歳)
可能言語:オランダ語、英語、ドイツ語、フランス語、アラブ語

選手経歴
MVVマストリヒトクラブ(オランダ)
オランダユース代表

指導者経歴
1990年以前…MVVマストリヒトクラブ、ロダJC(以上オランダ)、FCGeelクラブ(ベルギー)監督
1900年:ナイジェリア国家代表チームヘッドコーチ
1991年:FCBeerdhotクラブ(ベルギー)監督
1992-94年:ナイジェリア国家代表チームヘッドコーチ
1995-96年:ナイジェリア国家代表およびオリンピック代表監督
1996-97年:カタール国家代表監督
1998年:UAEアルワダクラブ監督、UAE国家代表チーム監督
1999-2000年:ナイジェリア国家代表およびオリンピック代表監督
2001年:UAEアルワダクラブ監督
2002-03年:エジプト、アルアフリクラブ監督

 

主要成績:
1990年:アフリカカップ準優勝
1992年:アフリカカップ3位
1994年:アフリカカップ優勝、アメリカワールドカップ8強
1996年:アトランタオリンピック優勝(以上ナイジェリア代表チーム)
1996年:ガルフカップ準優勝(カタール代表チーム)
1998年:UAEリーグ優勝(アルワダクラブ)
2000年:アフリカカップ準優勝(ナイジェリア代表チーム)
2003年:エジプトリーグ準優勝(アルアフリクラブ)

<KFA-6/16>
技術委員会「オリンピックチームに最大限協力する」

大韓サッカー協会技術委員会が6月16日午後4時に技術委員会を開きこれまで論議されていたオリンピック代表チームのワイルドカード(24歳以上選手)と関連した見解を集中的に論議し、ワイルドカード選手はアジアンカップに出場せずオリンピックでのみ出場することが決定した。
イフェテク 技術委員長は「キムホゴン監督の要請とFIFAの規定上、オリンピック大会も選手招集が可能になったことにより再び技術委員会を招集することになった。’と会議開催の理由を述べた後、「オリンピック代表チームがワイルドッカード選手をはじめから活用しいい成績を出せるように支援することになった。これはオリンピック選手たちがいい成績を収め積んだ経験が次期ワールドカップ大会に続くと期待するため」と決定の背景を明らかにした。
イフェテク委員長は記者たちの質問に「技術委員会内部的にもこの問題に対して多くの意見があったのは事実だ。アジアンカップもまた重要な大会であるが、基本的に2006ワールドカップでいい成績を収めることがみんなが目標とすることで、それにプラスになるだろうと判断しこのような決定を下した」と説明した。
このような決定により今後キムホゴン監督によりワイルドカードに指名された選手はこれまでの「アジアンカップ出場後オリンピック大会出戦」から「オリンピック大会にのみ出場」にかわり、球団が早期召集を承諾しない場合7月初めの召集練習から他のオリンピック代表選手たちと一緒に練習できるようになる。
記者会見にともに参席したカンシンウ委員もまた「優先はオリンピック代表チームだという意味だ。このような決定により今後技術委員会はキムホゴン監督が要求するいろいろな事案を最大限協力することを決定した」と伝えた。
しかし技術委員会はイチョンス、パクチソンの場合、球団が招集を認める義務がないオリンピック予選に韓国オリンピック代表チームのため2選手を送り出してくれたため、オリンピック本大会参加のためにはFIFA規定とは別途に球団との協議が必要だと付け加えた。
同時にワイルドカードに選抜させる可能性があり他の海外派選手たちの場合も所属球団でオリンピック参加に反対する動きがありFIFA規定をもとに招集要求するには難しい部分があるといい、協会支援の積極的な努力が必要だと説明した。

オリンピック代表チームトレーニング日程提出案
オリンピック代表1次招集(7/1-16)
7/1 NFC招集
7/4 オールスター戦参加
7/9、11、14日 海外遠征3試合(ヨーロッパおよびアフリカチーム)

オリンピック代表チーム2次招集(7/16-31、国内)
国内親善試合日程
7/21 親善試合 vs日本オリンピック代表
7/26 親善試合(相手チーム未定)
7/30 親善試合 vsオーストラリアオリンピック代表

<KFA-6/15>
パクソンハ監督代行辞任

パクソンハ国家代表監督代行が辞任した。
パク監督代行は「トルコ戦とベトナム戦、そして今日のアジアンカップ予備エントリー提出まで任務を遂行することっで代行としての役割を果たしたと判断し、正式に辞任を表明する」「コエリョ監督が退陣した状況でコエリョ号の一員である私もまた退出すべきだったがいろいろな周辺の状況により監督代行を任され気持ちとしては非常に苦しかった。これですっきりしU-19代表チームに専念する」と明らかにした。
パク監督代行は今年4月28日のパラグアイ戦をスタートに6月2日と5日のトルコ戦、9日のベトナムとのワールドカップ予選で監督代行の役割を遂行してきた。
一方、代官サッカー協会はパクソンハ監督代行の辞表を受理し、新任監督が選任され次第にアジアンカップ本大会とワールドカップ予選に本格的に備える予定だ。
                                                                                                  

<スポーツソウル-6/2>
メツ、カタールに急旋回、韓国サッカーまたも恥さらし

韓国サッカー代表チーム次期司令塔最終交渉者として決定したブルーノ・メツUAE アルアイン監督(50)がカタール、※アル・イティハドクラブに方向を急旋回し韓国サッカーの名誉と信用がまたもや大きな傷を負った。
2002年 韓日ワールドカップで4強に上がった「奇跡」を成し遂げた後、急上昇中だった韓国サッカーは、ウンベルト・コエリョ監督が途中で中途退陣と2回も技術委員長が拘置する陣痛を経た末、ワールドカップ2周年を迎え、再跳躍の骨組を準備しようとメツの獲得作業に力を注いだが不発に終わる可能性が大きくなるなど、超非常事態となった。
大韓サッカー協会の主要関係者たちは2日午前、外部電話を一切シャットアウトし、重い雰囲気の中で事態の推移を綿密に検討しており、メツの韓国行きの可能性を当初の予想よりもはるかに低い方に置いた後、対策準備に苦心している。
交渉過程に直接関与したノホンソプ専務理事とカサムヒョン国際局長らは携帯電話を切ったまま、メツのカタール行きの報道の真偽を把握するために奔走している。

チョジュンヨン副会長は2日、「私たちも事実を確認中だ。メツ監督がカタールに行く立場であったなら韓国に来なかったのではないか。結局はアルアインに縛られるということがわかっている。」と語った。
「このように波紋を起こしたメツをもう一度連れて来れるか」という質問に「わからない」と短く答えた。
サッカー協会はメツが韓国に来れないという事実を公式的に確認したら技術委員を再招集し交渉対象者を選定した後、出来るだけ早い時期に新監督獲得作業を完了するという原則だけを打ち立てた状態だ。
これに先立ちUAEの有力日刊紙「アルカリズ」は、1日付で「メツ監督が極秘裏にカメルーンに行き、5月31日、アルイティハドクラブのシェイコ・ジャシム・ビン・サマル会長と会い4-4-2フォーメーションの活用を含めた戦術運用と選手起用、監督の権限などに対し合意し契約期間1年に追加で1年を延長できるオプション契約を結んだ」と報道した。
アラブ圏のサッカー専門インターネットポータルである「※ミドゥリストフットボールドットコム」も1日、カタールのアルジャジラスポーツTVを引用し、アルイティハドクラブ代弁人が「ドーハのインターコンチネンタルホテルで交渉を行った結果、生産的な結果を得た」と明らかにしたと伝えた後「最終妥結は時間の問題だ。2日、全てのことをアルイティハド側から発表するだろう」と報道した。
メツ監督も1日、スポーツソウルとの電話インタビューで「(アルイティハドとの契約問題に対して)話すことが出来ない」と答え韓国行き不発の可能性を強力に示唆した。
状況が急反転しメツ監督の獲得に成功したとしても、韓国サッカーは異例的な監督候補の公開で相手にカードを全て見せる「白旗交渉」の結果、苦境に立たされることになった最近までの交渉過程全てが世界サッカー界に知られながら名誉損傷を受けることになった。

<スポーツソウル-5/18>
ヨーロッパ派太極戦士、成績表明暗はっきり

「オランダ三銃士晴れ、イチョンス、チャドゥリ曇り」
ヨーロッパサッカーリーグが終盤を迎えることで韓日ワールドカップサッカー4強主役のヨーロッパ派太極戦士たちの成績表が輪郭を表している。

パクチソン、イヨンピョ(以上PSVアイントホーフェン)、ソンジョングク(フェイエノールト)らオランダ三銃士が安定した技量で軟着陸に成功したが、他のヨーロッパリーグでプレーする韓国選手たちの活躍は期待以下だという評価だ。

今シーズン序盤、現地適応失敗により自信消失で長期間のスランプに陥ったパクチソンは、コス・ヒディンクアイントホーフェン監督の厚い信頼の中で再起に成功し断然注目を浴びた。
パクチソンは1月13日エフェスカップ、※トラブゾンスポルト 戦でPK戦を失敗するなど、ひどい起伏をみせ現地マスコミとチームメートから意思疎通もだめで実力を信頼できないという避難に苦しめられた。
しかし、「ミッドフィルダーとして最適格」と擁護したヒディンク監督の支援射撃とオリンピック予選でプレーメーカーとして連勝を率い自信を回復しパクチソンの感覚は遅れてエンジンがかかった。
ユトレヒト戦(3月8日)で4ヶ月ぶりにゴールを炸裂させ技量を回復した彼はその後ヨーロッパサッカー連盟(UEFA)カップ8強戦で猛活躍を繰り広げデンハーグ戦(5月10日)でシーズン6号ゴールを決め最優秀選手(MVP)に選ばれスランプにピリオドを打った。イヨンピョは誠実な性格らしくシーズン中ずっとフルタイムを消化しアイントホーフェン守備ラインの柱としての座を固めた。

フェイエノールトのソンジョングクはシーズン序盤コンディション低下で現地マスコミの叱咤を受けたが、中盤以降ペースを戻しレギュラー守備手として役目をこなし3年めになる来シーズンが一層期待される。

スペインリーグ開幕戦でアシストを記録しさわやかにスタートしたイチョンスはその後チャンピオンズリーグに5試合連続出場し株を上げる好機をつかんだが、得点に失敗し結局ベンチメンバーに転落した。
ドゥヌエ監督はシーズン中盤まで「イチョンスカード」に未練を捨てきれなかったが、昨年正規リーグ準優勝をしたチームが2部リーグ墜落危機に陥ると、ニハト、コバセビッチ、アロンソなどの主戦攻撃手たちに力を入れるしかなかった。
しかしラッキーなことにイチョンスが17日マラガ戦で後半に投入され9ヶ月ぶりに攻撃ポイントを記録しファンに強い印象を残し来シーズンを約束されたという点だ。
この他に、チャドゥリはブンデスリーガでほとんど毎試合攻撃手として顔を見せたが、※ヘルタベルリン戦(2月23日)でただ1ゴールを決めたのが今シーズンの活躍の全てだ。
所属チームが今シーズン成績不振で来シーズン2部リーグ墜落の可能性もありチャドゥリの今後の進路まで不透明な状況だ。

ベルギーのソルギヒョン(アンドレヒト)もまた所属チームのリーグ優勝にも関わらず膝手術にレバノン戦でのほほ骨負傷まで重なりシーズン3号ゴールに終わり不運な一年を送った。

<スポーツソウル-4/22>
ユサンチョルの新監督論「韓国文化理解」が優先

「韓国文化を理解する人だったらいい」
代表チームの主将であり最年長の「劉備」ユウサンチョル(33・横浜)がコエリョ後任として赴任することになる新司令塔に対する自分なりの人選基準を提示した。

ユサンチョルは21日城南で行われた城南ー横浜戦が終わった後のインタビューで、国家代表チーム監督として必要に対する記者の質問に「韓国文化に対する理解」を具備条件に挙げた。
ユサンチョルは「新監督は先輩後輩や師匠と弟子の関係が比較的厳格な我が国の文化をよく知り念頭におけば役に立つだろう」と語った。
彼がこのような点を上げたのは、新任監督の強い統率力のもと先輩級の選手達が後輩達をしっかり励ましチームを整備していかなくてはならない必要性を切実に感じたためだ。

実際コエリョ前監督は統率力が強い厳格な師匠というよりは「優しいとなりのおじさん」のような印象がつよかったというのが事実だ。
選手達の自由性を強調しすぎたコエリョ式の指導方法は現在の韓国サッカーの危機を招き、結局コエリョ自身も不名誉な退陣をするしかない悲劇を生んだ。

結局今の時点で国家代表チーム監督としては選手を信じついていける明確な方向設定とこれを遂行できるだけの統率力を持つ人物が適格だということをユサンチョルは「韓国文化を理解できる監督」と間接提示したと解釈できる。

これに先立ちユサンチョルは19日の横浜の練習場を訪れた記者達が「コエリョ更迭以降どの監督が国家代表チームに適していると思うか」と尋ねると「どんな監督が必要なのかをいわなくても皆知っているのではないか」「強力な統率力」の監督が必要だという点を示唆した。

<スポーツソウル-4/20>
キムドフンーアンジョンファンAFCチャンピオンズリーグ激突

「真のゴールゲッターを決める」

韓国を代表するゴールゲッター、キムドフン(城南)とアンジョンファン(横浜)がアジアサッカー連盟(AFC)チャンピオンズリーグ8強でぶつかる。
プロサッカー、城南は21日午後7時城南総合運動場で横浜を迎えAFCチャンピオンズリーグ1ラウンド4回戦を行う。

城南は現在3連勝で横浜(2勝1敗を押さえてグループ首位をはしっておりこの日の試合で横浜を制圧した場合ほぼ8強進出が確定する。
城南の主砲キムドフンは今シーズンプロサッカーでまだゴールを決めておらず横浜戦を不振脱出のチャンスにすると意欲を燃やしている。
特に横浜のストライカーが一時代表チームレギュラー争いを繰り広げたアンジョンファンだという点で、たとえ代表チームを引退したがあだ実力が衰えていないことをみせるという覚悟だ。
昨年のKリーグ得点王(28ゴール)で最近コンディションが回復してきている キムドフンはブラジル特級傭兵イデマとツートップで出る上にイソンナムらの支援射撃が鋭くゴール狩りに有利な状況だ。
「指輪の帝王」アンジョンファンもまた8強の岐路に立つチームのため熱い得点砲を機動し解決士となる予定だ。
横浜は去る2月A3チャンピオンシップで城南に0−3で負けた後、今月7日、アジアチャンピオンズリーグ予選でも1−2の逆転負けにあい、城南に弱い面を見せたためアンジョンファンの肩が重い。
横浜の岡田監督もまたアンジョンファンが前回の1回戦でも1ゴールを決め韓国選手をよく知っているため「アンジョンファン」というカードを先発に出し勝負をかけるとみられる。
チーム名とで横浜の固定レギュラーであるユサンチョルもまたサポートを買って出てコンビプレーが期待される。

 

<KFA-4/19>
公式退任したコエリョ監督、「後任監督にはより全般的な支援が必要

14ヶ月間韓国代表チーム監督をまかされてきたウンベルト・コエリョ監督が辞任した。
コエリョ監督は19日、サッカー会館で記者会見を行い、「サッカー協会との合意下で契約を終了する」と明らかにした。
コエリョ監督は相対的にオリンピックに比べアジアンカップに対する比重が低く支援が不足した点に対して残念な思いを表し、後任監督により全般的な支援をしてやれば必ず成功できるだろうと助言した。
コエリョ監督は20日、ポルトガルに帰る予定で、当分は家族と過ごした後今後の進路に対して考えてみる予定だと明らかにした。
次はコエリョ監督の記者会見全文。

ーまず記者会見を要請した理由に対して説明してほしい。
このように記者会見の場をもつことになったのは、発つ前にいろいろな状況を簡単に話をしたかったからだ。
先週サッカー協会と合意下で契約を終了した。
サッカー代表チーム監督は目的を持っていろいろな仕事をするが、目的達成のためには忍耐も必要だ。
現在韓国代表チームはアジアンカップ本大会進出のための予選を通過し、東アジア大会でも優勝した。
そして現在2006ドイツワールドカップ予選でもグループ一位を維持しちる。
また私が初めて赴任した時韓国のFIFAランキングが19位だったが、現在21位だ。私の考えは大きな違いがないと思う。
私が韓国代表チームをまかされて14ヶ月になるが。実際に練習した時間だけみると72時間で決して長い時間ではなかった。
私に対する期待が大きいのは知っているがもう少し待ってくれなかったことが残念だ。
もちろん2004年サッカー協会と技術委員会の目標がオリンピック本大会進出であることはわかっているが、相対的にアジアンカッピの重要性に対する認識が不足し残念な思いだ。
今でも 私はアジアンカップが重要だと 信じており、韓国代表チームがアジアンカップで優勝できると確信する。
そして私の考えでは後任監督は私よりうまく監督職を遂行できるだろう。
最後に韓国マスコミに感謝する。
お互いに尊重し一生懸命仕事をしたと思う。
また私と家族に見せてくれた韓国人たちとサッカー協会の歓待にも感謝する。
これで韓国を発つが韓国でのいい追憶を忘れない。もう一度感謝する。

ー自らの辞任だときいたが、記者会見の内容ではそうではないみたいだが。
今この席で詳しく話せない。サッカー協会から説明するのならわからない。ひとつ明らかなのは私が辞任したのではない。両サイドの合意によって契約を終了させたのだ。

ー今後の計画は。
まず明日の飛行機でポルトガルに発つ。今後の計画はもちろんサッカーの中にある。
35年間サッカーの為に生き、これからもそうするだろう。
すぐに明日から何をするかといったら答えるのが困難だ。まず家族と過ごしたく、その後の計画に対してはもう少し考えてみなければならないと思う。

ー後任に外国人監督が来ることが予想されるが助言をするとしたら。
たぶん後任に外国人監督が来た場合どうしたらいいか皆さんがよく知っているだろう。
まず私が十分に受けられなかった支援を後任監督にはしてあげてほしい。
ヒディンク監督も初めて赴任して2002ワールドカップを準備しながら支援不足で苦労したときいた。
しかしその後ワールドカップに対する共感帯が形成されサッカー協会の全般的な支援を受け結局目的を達成した。
そのような支援が後任監督にも与えられたらやはり目的を達成できるだろう。
実際外国人指導者の場合、文化、言語など多くの面で違う韓国に来て苦労するほかない。そのため一層の支援が必要だ。
国家代表チームは各級代表チームピラミッドの頂点にいるチームで最も重要なチームだ。
しかしサッカー協会ではそう認識していないようだ。現在はオリンピックなど、大会別に運営や支援が決定されているが、今後は代表チーム別に全般的な支援をしてやることが必要だ。
これは代表チームでの均衡にも影響を及ぼす。
どんな支援をしてやるかにより選手とコーチングスタッフ、支援スタッフ、監督間に調和が生まれる。

<イルガンスポーツ-4/17>
コエリョ監督、辞任説上昇

19日技術委員会参席の上見解を明らかにした後記者会見要請

ウンベルト・コエリョ韓国サッカー代表チーム監督が突然の「去就表明記者会見」を予告、電撃辞任の可能性が高まっている。
大韓サッカー協会、キムジングク技術委員長は16日、「コエリョ監督が19日午前10時に開かれる技術委員会に直接参席し自身の見解を明らかにし、その後すぐに記者会見を行うと伝えてきた」と語った。
キム委員長は「コエリョ監督がこのような伝言とともに19日までは自分に一切連絡をしなでほしいと頼んだ。」と付け加えた。
これによりこれまでアジアンカップ予選でオマーンとベトナムに衝撃的な敗北をしたのに続き、最近のワールドカップ予選で、格下のモルジブとの0−0で引き分けた接戦で、退陣の圧力を受けてきたコエリョ監督が辞任の方向に気持ちを固めたという見方が強まっている。

これに関連して、世界的な通信社であるフランスAFPは、この日の夜、ポルトガルのマスコミの報道を引用して、コエリョ監督が電撃辞任したと打電した。
AFPは「ポルトガルスポーツ専門ケーブルチャンネルが『スポーツTVによるとコエリョ監督が最近の成績不振に対する責任をとり辞任した』と報道した。
この放送が名前を明かさないコエリョ監督の側近が取材源だと明らかにしたとAFPは伝えた。
しかしコエリョ監督は今月8日に開かれた技術委員会で「時間が欲しい」と留任に対する意思を打ち明ける場面もあり、「辞任説」はハプニングで終わるだろうという見方も出ている。
現在、ソウルのインサドンの自宅にいるコエリョ監督は一切連絡をたっている。

<スポーツチョソン-3/18>
[帰国した選手たちの一言]

▲チョジェジン(23・水原)
中国、クンミンで高地適応訓練中に風邪をひき苦労した。
特に扁桃腺がひどく腫れイラン戦でサポーターをしてプレーした。苦しかったが身体の管理の重要性を実感した。最近、グランドに立つのがとても楽しい。現在のペースをアテネオリンピック本大会まで維持できるように努力する。

▲チェソングク(21・蔚山)
イランに勝って大きな山を越えた。これでヒゲも剃るつもりだ。活発な性格のチョンス先輩が合流しチームの士気が高まった。
もう ゴールへの欲はない。今後の試合でもフォロー役として自分の役割を忠実に全うする。
休みたいのは事実だがオリンピック本大会行きのチケットを手に入れるまでは安心して休めない。

▲キムヨングァン(20・全南)
イランがオリンピック予選ホームゲームで40年間不敗を記録したということを試合後にはじめて聞いた。当然、自分たちが勝って新しい歴史を作ったようで気分がいい。イラン戦後半にキックを遅らせて間接フリーキックを与えた。
初めての経験だったが考えてみるといい薬になったようだ。オリンピック本大会でメダルをとりたい。

▲チョンジョグク(20・ソウル)
コンディションもよく自分なりに一生懸命やった。
しかしいざ最終エントリーから外れたので残念だ。率直にいってイランでの最後の一日は数ヶ月のように感じた。
たくさん反省もした。自分自身を振り返って緊張感がたりなかった面もあったようだ。
まだ若いので機会がある。グランドですべてを見せる。

<スポーツソウル-3/10>
世界100代スター、ホンミョンボ「サッカー人生最高の栄光」

いつものように淡々とした声だった。
国際サッカー連盟(FIFA)が選定した歴代最高選手の中の一人として公認されたという興奮は少しも感じられなかった。
「個人の栄光でなくワールドカップ4強をなしとげた全ての人の喜び」と語るときは「永遠のキャプテン」らしさを感じさせた。
今月5日、英国のロンドンで行われた”FIFA100 ”の行事に参席しアメリカ・ロサンゼルスに戻ったホンミョンボ(35・LAギャラクシ)と10日、電話インタビューを行った。
"FIFA100"は国際サッカー連盟が創立100周年を迎え現存する最高のサッカースターを選定したもので、引退選手75名と、現役選手50名、総125名が栄光の座についた。アジアからはホンミョンボと中田英寿(日本)のたった2名が選定された。
サッカー選手として頂点にのぼったホンミョンボは今年からジュニアサッカー教室を開きたいとしながらもう一度原点に戻る意思をみせた。

-FIFA100に選ばれた。感慨がひとしおでないか。

今までのサッカー人生で最も栄光だ。2002ワールドカップで韓国がベスト4にあがったことを評価されたと考える。
当時全国民が赤い服を着て熱狂的な応援を送ったのが成績以上に国際サッカー界に強い印象を受け付けたようだ。
私が(それを)代表して選ばれたと信じる。

-FIFA100選定が個人的に最も栄光なことだとしたらワールドカップ4強進出と比較したらどうか。

比較する事自体が無理だ。ワールドカップ4強にあがったからこういうことになった。2つを離しては考えられない。

-FIFA100の行事の雰囲気はどうだったか。

スーツを着て晩餐形式で進行された。(多くのスターが行事に夫人を同伴し、彼の夫人も参席した)。
大陸別にテーブルが準備され、ナカタとも久しぶりに沢山の話ができた。自由で少し騒がしかった。

ーFIFA100に対し国内外的にいろいろ言われた。まず国内ではチャボムグン監督が外れたことが残念だったが。

チャ監督が外れた理由はわからない。
チャ監督 は私よりはるかにすばらしい選手だ。子供の頃の偶像だったのに残念だ。

ー英国のロイター通信はFIFA100選定の客観性を批判して唯一アジア地域のホンミョンボとナカタを取り上げた。彼らはギグス(マンチェスター・ユナイテッド)よりいい選手だと言えるのかというのがロイターの主張だったが。

そのような評価には全く介意しない。ヨーロッパの記者の評価はもちろん違うこともありえる。彼らは現場でいい選手をみる。ギグスが優れた選手であるのは明らかだが私と直接比較するのは理解するのが困難だ。率直にいって私が私を選んでくれといったわけではないではないか。しかし、ワールドカップ4回出場は全世界的にもまれなことで、2002ワールドカップが終わった後、ブロンズボールを受賞したことなどが評価されたようだ。
チャ監督が外れ私が入ったことに対して国内ファンが疑問を提起するのなら100%受け入れることができるが、外国のマスコミのそのような物差しには同意できない。

ー今年現役から引退するというのは確定か。

今シーズンが終わればギャラクシと1年間オプション契約が残っている。だから球団と相談しなくてはならないが、今年を最後にユニフォームを脱ぎたい。今シーズンでも全てのゲームに90分出場するという欲よりは、もう少し余裕をもって他の仕事と選手生活を併行したい。

-どんな仕事を構想しているのか。

まずLAを中心にジュニアサッカー教室をやってみる考えだ。アメリカはジュニアユースチームが非常に活性化されているが、同胞の子供達が参加できるチームがひとつ、ふたSつしかない。今年選手生活を送りながらジュニアサッカー教室を進行するのに大きな問題はないだろう。

-サッカー行政家になるための準備はどうしているか。

現役から引退した後は2年ほどアメリカで集中的に語学を学ぶ予定だ。
昨年試合も多く消化して個人授業をろくに受けられなかったが、今年から個人教師から集中的に授業を受ける考えだ。
コミニュケーションに自信がつけばサッカーの本拠地ヨーロッパに渡り本格的に学ぶ。

ー昨年、小児がん患者を助けるための慈善試合を行いながら「サッカーの社会的責任」を今更のように悟らせた。
しかし一角ではホンミョンボがあまりに早く「サッカー権力化」するのだはないかという心配もあるのだが。

私もそのような(権力化)は望まない。
印象で権威的だと思う人もいるかもしれないが、全くそうでない。(やることが)他の人たちに意図と違って写るのならすぐにやめる。
今年の慈善大会は悩んでいる。
代表チームの試合も多くスケジュールを決めるのが容易くない。どうせなら私の名前を掲げてやるよりは他の選手達が一緒にできる方式になればいい。

<スポーツソウル-3/2>
パクチソン、「コンディション最高だ。」

「オランダではコンディションが非常によかったので中国戦でもいいプレーを披露します」
1日午後仁川空港を通じて入国したパクチソン(PSVアイントホーフェン)は3日に行われる中国とのアテネオリンピックアジア地域最終予選戦に対し強い自信を見せた。
パクチソンは「長い飛行で少し疲れているのは事実だがプレーには支障がない」としながら「残った一日を練習を通じて適応を終えれるように努力する」と語った。
さっぱりとした黒い スーツの彼は特に「日本戦の敗北が中国戦への薬になると思う」と「たぶん韓国が中国に1−0ぐらいで勝つだろう」と予想した。
特にポジションに関してパクチソンは「ポジションは今までそうだったようにどこでも自信がある。特別なポジションにこだわらずチームの役に立つように最善を尽くす」と語った。
彼は「中国戦力が強くなったが韓国もまた十分に勝算がある」としながら「初競技はいつも一番苦しいが今回の中国戦だけ乗り越えればアテネまで容易く行くことができるだろう」と明らかにした。
空港を出たパクチソンはすぐにオリンピック代表チームに合流し、2日午前の練習から試合当日(3/3)午前の練習まで3回足並みを合わせる予定だ。

一方この日の空港にはパクチソンがイミグレーションを出ると中国の記者数十人が押し寄せ取材攻勢を繰り広げ彼に対する熱い関心を見せた。

<スポーツソウル-2/24>
イチョンスーパクチソン「キムホゴン号」合流可能か?