<HOME><過去の日記1> <過去の日2> 日記-2003年
<12/26金>
「遂に契約した」
親友からとっても嬉しい知らせが届いた。
長い間、勉強半分、プータロー半分状態で苦労してきた友人だった。
遂にプロチームのコーチに就任!それも韓国で絶対的に不足といわれているフィジカルコーチだ。
彼の夢だったの。
「契約できそうだ」という第一報は何と新婚旅行中の電話だった。あ、私のじゃなくて、彼の新婚旅行。
新婚旅行中に他のオンナ^^に電話するっていうのもすごいけど、まあ、私にはそのくらいの権限はあると思っているぐらい、一番の親友。
そして今日,正式サインしたという。サインして1時間で報告がきて、電話越しに二人で喜びをめいっぱい分かち合った。
おめでとう。
これまでもちょこちょこと勉強がてら実績を積んできたが、いよいよこれからが人生の本番。
あきらめないで夢を実現させたのは本当に本当にすごい。この韓国のエリートサッカー社会では奇跡に近い!
もっと楽にお金を稼げる道はいくつもあったのに。かたくなに自分の道を歩いてきた彼の姿をずっとみてきたからね。
しかも韓国サッカーの英雄と呼ばれる監督のもとだ。厳しいだろうが、このチャンスを十分にいかして頑張ってほしい。
期待してます!よかったね、ヨブちゃん^^
<12/25木>
メリークリスマス!
韓国にいると日本にいたときよりもクリスマスだな〜と実感する。
そのかわり年末年始は味気ないんだけど。とっても嬉しいクリスマスカードが届いたり。
そして声のメッセージも。
今年は とても意外な人から文字メッセージが、携帯に届いた。
クリスマスツリーの絵までついているじゃない。とてもこういうのを送って来るタイプではなかったので、びっくりで、そしてすっごく嬉しかった。この時期、サッカーもオフで韓国に戻ってくる知人もいたりで、毎日、結構忙しい。happyな忙しさ。
日本から訪ねてくる人もいて。
<12/21日>
昨日から体調を崩して寝込む。
今日の慈善試合は観に行けない。で、テレビで観たが、コジョンウン!まるまると太っちゃって。大学の監督になったので、スカウトとか接待とか大変らしいが、昔のあの面影はどこにいってしまったの。
それでも永遠にマイヒーローなのだ。
マイヒーローらしからぬ気弱なプレーもみることができたりで、元気回復の兆し。
<12/19金>
先週末も1泊2日で日本に帰ってきたのだけど、その際に本とDVDをどっさり買い込んだ。
本は生活必需品。無理して韓国語の本も読むが、大学の教科書で疲れた。リラックスタイムはやっぱり日本語で書かれた好きな作家の本に限る。
インターネットで注文して日本で受け取ってそして持ってきたの。 世の中本当に便利になったもんだ。
韓国のケーブルで刑事コロンボをやっていてそれが楽しみだなんて書いたことがあったが、その後すぐに前触れもなく終わってしまった。
家にいるときはずっと映画かニュースかスポーツの専門チャンネルだけを流しっぱなしにしているので、私にとっては貴重な連ドラ?だったのに。
で、今回は刑事コロンボのDVDを買いだめ。6巻も^^
これって70年代に製作されたものだということでもう30年もたつのにとっても面白くすっかり病み付きになってしまったの。
しかも毎回ゲストが豪華で、昨晩見たのにはなんとジャネット・リーが出ていて感激。ヒッチコックのサイコの女優さん。バスルームで殺されてしまう。
実は白黒映画が好きな私。ヒッチコックはもうほとんど観た。ビデオやDVDも持ってたりする。若い頃のジャネット・リーはどうだったかなと、早速、その「サイコ」のDVDを見始めたのはいいけど、途中で眠ってしまった。
そして映画の中の「大悲鳴」でびっくりして飛び起きた。しばらく寝不足の日々が続きそう。
<12/18木>
「ちょっと長過ぎるんじゃないの〜?」
ずいぶん久しぶりに電話をいただいた、その第一声がこれだった。
それは 私がまだ韓国にいることに対して言っているのだ。
3年ぶりの電話だったが相変わらずあの独特の話し方は変わってなくて、ちょっと嬉しかったりして。私の連絡先はマイホームページをみて、だそうです。なかなか役に立ってるじゃない。
まあ今一番話をしたかった相手でもあったので(私時々テレパシー使うんです。これが結構成功するのでびっくりです^^)とてもハッピーでした。
で、その第一声はずばんと私の胸に響きました。
そうだよね。ちょっと長過ぎたかもしれない。そろそろかな〜なんてまた考え込む。
しかし今この国のサッカーを捨てるなんて酷だよね。
寒いし。
そういうことを深く考えるシーズンでもあります。
<12/11木>
久しぶりに大学の級友と食事にでかける。
一人は軍隊入隊中で休暇でソウルに出てきた。もう一人は軍隊を終えて今学期から復学。しつこいように繰り返すがずっとずっと年下のクラスメイトだ。
二人とも将来の不安を繰り返す。
彼等もまた、出身高校で「・・・君、高麗大学校経営大学合格おめでとう!」なんて大きな垂れ幕を校門に掲げられて盛大に送り出されてきた、そんな優等生たちなのだ。
「今まで負けたことがなくて。だから些細なストレスに弱いということに軍隊に入って初めてわかった」そうだ。
経営学科だから将来は会計士やMBAなんかを目指すのが大部分なのだけど、それが彼等が心から望む道ではことも多い。やりたいことはあっても両親の期待どおりに生きていかなくてはならない、全家族の期待を背負っている、のだという。
本当は何をやりたいの?と問うと、すごく恥ずかしそうに「本当はスポーツ記者になりたい」って。「じゃなかったら碁の記者」。碁はちょっとおじさん臭いじゃんというと、最近碁はブームらしい。碁を題材にした日本の漫画がはやってるのだそうだ。
いいじゃない!スポーツ記者と聞いて、すっかり嬉しくなった私は、サッカー好きが高じて、「ただ」のサッカーマニアだったのに、有名大学卒業後、う〜んと努力して、記者、サッカー解説者、を経てついにはワールドカップ後全ての仕事をやめて英国にサッカーを勉強しに旅立った知人の話をした。初めて会った頃は私の韓国語のコラムの修正作業なんかを手伝ってくれていた知人だった。
韓国では儒教を尊び、学問を重んじる風潮があって、スポーツはとっても地位が低い。またスポーツ新聞は低俗だという認識が強い。大学でスポーツ紙を広げてたら女の先生に「女性がスポーツ新聞を読むなんて」と言葉に出していわれたことがある。放っといて下さい。私はスポーツ紙のサッカー面が韓国語の教科書だったんだから。おかげで読み書きは成績よかったよ。発音はいまだ自信ないけど。
確かに低俗なのは当たっている。スポーツ記事もほんとうに低レベルのものが多いし。
スポーツも文化。その国の財産じゃない。
レベルの低い記事ではその「文化」の神髄をまともに伝えることはできない。でしょ?
スポーツ記事にも政治・経済を伝えるのと同じぐらいの尊厳があってもいいじゃない。
そりゃ今の韓国では韓国一のスポーツ記者になっても、会計士なんかのほうがずっと稼げて何ン百倍も人に尊敬されるだろうけど。
ともかく、本当にやりたいことは、今すぐじゃないかもしれないけど、10年後、20年後、もしかしたら50年後に必ず実現する、そんなものよ。私の信念。
とまあ、こんな話で盛り上がって時間はあっという間だった。私自身も常に いろいろな迷いがあるので、彼等の苦悩や未来の夢を聞いているだけでも、もう一度自分を振り返る機会になる。<12/3水>
東アジア選手権大会に友人たちも応援に行くという。
「初戦から行く!」とはりきっているのだけど、日程は 4泊5日だという。あら?おかしくない?12月4日が香港との初戦で最後の日本戦は12月10日だと思ったけど。そう言うと「ああ、香港戦?あれはパス」だそうだ。
彼等にとってこの大会は中国戦から始まるらしい。いいの?香港、甘くみてると恐いよ。現にベトナムやオマーンに負けたじゃない。
何度も書いてきたように、選手の名前と顔さえ一致していない日本サッカーよりずっと見守ってきた韓国サッカーの方に思い入れが強いのは認めるが、熱狂的韓国サポーターの友人たちの前ではそうもいってられない。なぜか私も無意識にニッポンの看板を背負っているのだ。
とはいえ、テレビ観戦だし、また今回もお祭り気分で楽しめそうだ。
<11/25火>
反町監督の新潟がJ1昇格を決めた。そして昨日はザスパ草津がJFL昇格を果たす。
植木監督、そしてノブさん、本当におめでとう。こうやって少なからずも今の私の基となったあの時代を共にした人たちの嬉しいニュースを聞くのは感慨深い。悔し涙も十分見てきたから嬉し涙はその何十倍も理解できる。
草津はキャンプもした思い出のある地でもある。
ホンミョンボが初めて日本に合流したのもその草津キャンプからだった。冬はスキー場となる山の麓で体力訓練をするんだけど、「こんな急な坂を何十回も上り下りするのが韓国サッカーのトレーニングだ」と、ばてている他の日本人選手たちをしり目に涼しげな顔で言っていたミョンボの姿が思い出される。
植木監督にはちょうどワールドカップで韓国がイタリアに勝ったその晩に電話をいただいた。そして、解説のお仕事で韓国にいらっしゃるということだったが、地方の会場で残念ながらお会いできなかった。ぜひ韓国でキャンプしてください。お待ちしてます^^
GKの小島ノブさんが「あの(J1の)ピッチが恋しくて頑張った」とおっしゃたそうだが、私なんかも仕事納めの日に見なれたグリーンを眺めながら「いつかまたこのグランドをこの位置で眺めることがあるのだろうか」なんて思ったものだ。
何だか去る気がしない、と言ったら、植木監督が「それはいつかここにまた帰ってくるとわかっているからだよ」とおっしゃった。
サッカーは単に仕事の一部でしかなかったしサッカーに執着するつもりは全くなかった私にはとても意外な言葉だったの。
ちょっと予想外な形ではあるけれど、こうやってサッカーを人生の糧としている今、今の私を育ててくれた(発育不良だけどね)彼等へ、やっぱりキャンプや遠征試合の思い出一杯のこの韓国から、心よりお祝い申し上げます。ホント!よかったね!!
<11/19水>
突然日本に帰国することになった。先々週位にもそういう予定だったが忙しくてキャンセル。今回は何が何でも行ってこなくてはならない。というので昨日から飛行機だのアポイントとりなど、ちょっとばたばたしてしまった。
飛行機がとれなくて、なんでだろうと思ったら、日本は11月の連休に重なっているのね。
行く便は問題ないのだけど復路がだめ。どうしても週内には絶対戻ってこなくてはならないため、かなり悪戦苦闘した。それでなんとかビジネスクラスを押さえたのだけど(まさか下関からフェリーでというわけにもいかないので)、それでも明日行ったらあさっての戻り。日本滞在約24時間。もちろんキャンセル待ちをかけた。週末は日本を満喫したい。
Jリーグも最終の面白いところだし。<11/16日>
Kリーグが終わった。城南一和の優勝は当たり前で、あんな補強をして優勝できないほうがおかしい。おかげでつまらないリーグになってしまった。
こんな風に書くとホント、何様ってかんじなんだけど。
たまたま日本から今日着いたばかりの知人とJリーグの話をしていてそれを実感した。
彼はミーハーではないサッカーの話ができる数少ない知人でもある。ミーハーがいや!ってことじゃなくて。たとえば仕事の愚痴みたいな、そんなレベルでサッカーの話ができるということ。
で、J1昇格争いとか降格争いとかが話題になった。
J2は広島が昇格を決めてあと1チーム。ぜひソリさん率いる新潟に頑張ってもらいたい。反町監督とはちょうど3年前?にユースの試合で代表に帯同してきたときにソウルで会ったのが最後だった。ああいうサッカー大好き小僧(ごめんなさい!愛情を込めて^^)はめったにいない。ちょっとマニアックなぐらい。音楽にも映画にもそしてサッカーにも筋金入りのこだわり派なのだ。話がそれちゃった。
今のこの時期のJリーグのような緊張感が今のKリーグには皆無でつまらない。とにかく緊張感がないの。
それに、2003シーズンのKリーグガイドが発刊されなかったという事実。打撃があまりにも大きすぎて。本当は、昨シーズンまでのようにせっせとスタジアムに通えばどんなサッカーにも面白い発見はあるのだ。今シーズンはなかなかスタジアムに通えなかった。いや、通わなかった。反省。
来シーズンはもっともっとサッカーを愛そう。
<11/13木>
あら、今日は木曜日だったの?日記を書こうと日付けをいれて気がついた。水曜日だと思っていたのでなんだかとっても損した気分。平日にすませてしまいたいことがどっさりで。日曜日にやればいいジャンなんて感じなんだけど、日曜日はなんかとっても怠け者になってしまうため。さっき、コンビニに行ってレジで支払いをしていたら、レジのお姉さんが私の財布をみて、いくらか、どこで買ったのかと聞いてきた。「本物なんでちょっと高いです」なんて、後で考えたらずいぶん失礼な返事をしていた私。
イタリアで買ったものだったが、同じものは韓国の免税店にもあると、おおよその金額を教えてあげると、「今度日本に行く時に買ってきてほしい」とおっしゃる。しばし返事に困ってしまった。
引っ越してから3か月毎日のように通い続けている近所のコンビニで、挨拶くらいはするとはいえ、何か頼み事をされるぐらい親しいわけでもなかった。まあ財布なので大きな荷物になるわけではないので引き受けてもいいかなと思っているが、このへんの人と人との距離感が日本のそれとは本当に違う。私の友人なんて「ソニーのテレビ買ってきて」なんて頼まれたらしい。私も化粧品ぐらいだったらまだ小さな方で、最近ではパソコン、ビデオカメラなんかの依頼が増えてきた。日本に帰国すると日本食や本なんかを山ほど持ってこなくてはならない私としてはそれがちいさな化粧品だったとしても他人のものを運ぶ余裕は全くないので全部お断りしているが、買い物ではないが大学の講師に「日本の図書館で調べものをしてきてほしい」と頼まれた時には断る言葉を探すのに一苦労だった。2泊3日なんです、それも半年ぶりの我が家・・・・
テレビを頼まれた友人は「親兄弟にも頼まないよね〜テレビ買ってこいだなんて〜」なんて苦笑いしていたが、韓国ではこういうことは普通のことで、その分、こちらが何かをお願いする時も結構みんな気軽に引き受けてくれる。頼み事も、頼まれ事も、日本人は苦手なのかな。<11/11火>
しばらく会っていない知人から電話をもらった。なんとイタリアからだ。
サッカーのお仕事でしばらくヨーロッパに滞在していたそうだ。ちょうど引っ越しをしたときに、新居のお知らせと称したメールを送ったが音信不通。なんだ、もう私のこと忘れちゃったのねと、かなりいじけていたのだけど、そのぶんと〜っても嬉しかった。
長距離電話なのに〜なんていいながら、ジーコがどうした、コエリョがこうした、(なぜか)イチョンスがああした、と、結局サッカーの話題に花が咲く。
いいね〜韓国サッカー。年がら年中話題にことかかなくて。それに比べて日本サッカーは平和だ。
とおっしゃる。そうなの?
とても会いたかった知人からのイタリア直通電話?はこれまた元気の元となりました。
<11/1土>
大学のキャンパスを歩いていたら久しぶりに友人にばったり会った。
中国からの留学生で語学研修時代から顔見知りの間だったのだけど、その後同じ経営学科に進みちょこちょこ話をするぐらいの仲だった。
久しぶりに会ったのでじゃあお昼でも食べにいこうと、ちょうどアルバイト代が入ったばかりの私がお昼をゴチソウすることに。せっかくだからカルビを食べようと街に出た。時間に追われていつも家で3食(いや実際には朝抜きの2食です)をほとんど自宅で済ましている私は、連れがいる時位は豪華?な外食をと決めているの。
私よりずっとずっとずっと幼い彼女は上海育ちのお洒落な女の子。そろそろ卒業後の進路を考えなくてはならないというので悩んでいるという。
オンニ、中国で一緒になにかやってみない?と、彼女。
彼女も経営を学んできたので、人並み以上に事業に関心がある。留学するぐらいなので家もそれなりに裕福なんだろう。
一般企業に就職することよりもまず自分で何かやってみたいというのは私の周りの友人では初めてだ。
事業秘密(笑)なので詳しくはかけないけど、日本ー韓国−中国をつなぐ新事業の夢の話で盛り上がる。
ワールドカップが終わったら私は中国に行っていたはずだった。
中国語はもうずっと前にちょっとだけ学んでいて、話せるとはいえないものの、2か月間の中国一人旅や、チームの中国遠征に同行した時も通訳がいない時にちょこちょこ使って重宝されるぐらいはなんとかなっていたのだけど、韓国語を覚えるとともにほとんど忘れてしまった。まあもともとそのぐらいのレベルでしかなかったんだけど。
極東サッカーを極めるのもいいかなと思って。極めた、ってものを何も持ってない私の目標でもあった。そのはずだった。
なのになぜか未だにここにいる私。後悔はしていないし、それなりにハッピーにここでの生活を送っているけど、何かやり残していることがある、って感じだったの。
中国、面白いかもね。
もちろん何をやるにも簡単にはいかないだろうけど、大学の授業の延長で、勉強のつもりで何かしてみるものいいかもしれない。
カルビを食べながら、あれはどうだろう、これは面白そう、と盛り上がりまくる。友人が中国に一時帰国する時に一緒に中国に行こうということに。
本当に行けるかどうか、何かをスタートできるかはまだ全くわからないけど、彼女の元気を少しわけてもらったという感じで、また、まだまだ探せば違ったハッピーがどこかにあるかもしれない、という希望も芽生えた午後でした。
問題は中国サッカーが私の好みではないということかな〜・・・・<10/11日>
久しぶりに海外で活躍する友人とじっくり話をした。
彼等の姿をみながら沢山の元気をもらうんだけど、「いずれは自分の国に帰るのか」という話題でちょっともりあがってしまった。
韓国でも何人かのプレーヤーが海外で頑張っている。もちろんサッカーだけでなくいろいろな分野で母国を離れて世界舞台で活躍する人たちは多い。
他はよくわからないが、いつかは戻ってきて韓国サッカーの発展に寄与しなくてはならない、という風潮がサッカー界に根付いていて、だからたとえばミョンボぐらいのビックな選手になると、行く前からその将来がもう勝手に決められてしまったりする。ファンというよりは「国民」の期待が大きいのだ。
今仙台で頑張っているキムウンジュンは大田シチズンの大黒柱だった。スター選手がいない地味な市民球団で、キムウンジュンが仙台に行く時もいろいろ外野がうるさかった。行き先が日本だから、特にそうだったともいえる。
大田シチズンの知人に「いつかは戻ってきてチームを盛り立ててもらわないとね」なんて、何も考えず言ってしまった。すると知人は「戻ってくるようじゃだめだよ」と一言。う〜ん。私もいつのまにか「いつかは戻ってきてくれる」という大勘違いの期待をするようになってしまっていたということだ。
彼等はプロで、自分の能力を最大限に発揮でき、成長でき、そしてそれに見合った報酬を得られれば、そういうチャンスを逃してはいけない。それを最優先できないようだったらプロじゃないよね。他人は関係ないのだ。
そういう彼等が海外で活躍する事自体が韓国サッカーの発展であるし、自慢でなくてはならないのに。海外に出ていく選手には「いずれは韓国で引退しなくてはならなかったはずなのに」「国内プロリーグが廃れる」と失望し、海外での生活が長くなると「そろそろ戻ってもらわないと困る」と訴える。このグローバルな時代に、まだまだ旧式で閉ざされた世界にいるのだと思う。
そして私自身もそんな錯覚に陥る時があるのだから、こうやって自分とは違った立場で「外の世界」にいる友人たちとのコミュニケーションはいろいろな意味で大切なのだ。
<10/3金>
親しい知人のお母さまが亡くなった。
地方までお葬式にでかける。亡くなった方もよく知っていたし、知人というよりは「大恩人」というぐらい、そのファミリーにはお世話になってきた。韓国にきて間もない頃、本当に偶然に知り合って、それこそ道を歩いていたらばったり出会ってしまったという感じの出会いで、また、そこから本当に沢山の人脈が生まれたのだった。
こうやって今まで韓国のサッカー にそれなりに足を突っ込んでこれたのは、なによりもその出会いがあったからなの。
お葬式は通常病院の中にある式場で行う。
とても盛大だった。サッカー関係者たちの個人、法人の名前がかかれた花輪がずらりと並べられた。
そうしてそこにも彼等を通じて知り合った多くの知人、友人の顔があった。喪主の知人とはここしばらく会っていなかったが、そのファミリーとは誰かどうか月に数回は顔を合わす。式場で私をみつけたファミリーのひとりが、「今日はソウルの家を守るつもりだったのだけど今夜エミカが来てくれるというのを聞いて急いで飛んできた」と言ってくれた。
写真のなかでにっこり笑うオモニ。
ああ、このファミリーがいたからこそ、今日までここで頑張って来れたのだ。オモニム、ご冥福をお祈りいたします。
<9/24水>
ヘルスに通いはじめた。ヘルスはあのヘルスではなくて「スポーツ・ジム」のこと。
貧乏学生の身分ではちょっと贅沢なんだけど、新居の歩いて1分もかからないところに24時間営業のジムがあるのと、何より最近汗をかく機会が皆無なので、健康第一と思いきって入会してしまった。それも9月20日までに入会するとディスカウント!3か月で215000ウォン。エアロビクス、ヨガも好きなだけ参加できる。たぶんやらないけど。
一人よりも友人たちと、と思い周りのおじさん連中に声をかけてみたが誰も乗り気でない。忙しいからって。ニューヨークのばりばりのエグゼクティブたちも毎日時間を見つけて通っていると早速説教。
24時間だし家からもオフィスからも超近いので夜も遅い時間に通う。
私としては有酸素系の、自転車こぎ^^やランニングマシーンでさわやか〜な汗をかきたいのだけど、インストラクターのお兄さんが、ウェイトをやって体作りなさい、とウェイト中心のメニューを作ってしまった。
日本でも通っていたが、本来根性なしなのでなんやかんや理由をつけてはさぼっていた。
でも今度は頑張る!目指すはニューヨークのエグゼクティブ!(すっかりその気)
昔から何かやる時は派手にスタートするんだけど。今まで読んだこともない「ターザン」買ってみたり。プロテイン飲んでみたりしたものだった。さすがに今はそこまででやる元気はないので、30分でも毎日通って気分転換しよう!ついでにビールをやめて、寝酒代わりに汗をかこう!
そして今日、プロでフィジカルトレーナーやってる友人からたまたま電話があったついでに私の体づくりへのアドバイスを受ける。
これで準備は完璧!3か月後が楽しみだ。わくわく。
<9/10水>
親しい友人から秋夕の挨拶と引っ越し祝いを兼ねてと「サン」をいただいた。
韓国伝統工芸の一人用食卓だ。とても高価なものだということで、以前私の部屋に来た時に部屋に韓国らしいものが何もなかったので選んだものだという。
もともと私の部屋は日本でも韓国でも生活臭がしないとよく言われたものだ。あまりものを置かないので。シンプルライフが私のモットー。
「いつか時が経って韓国の追憶になればいいと思って」。友人は何度もそう繰り返した。
ありがとう。でもね、過ぎてしまった過去にも、そして何が起こるかわからない未来にも、執着しない、したくない私なのだ。
「だから、今私の部屋でこれを使うことを楽しみたいの」
韓国の追憶、なんて言われてしまうととっても寂しい。まだ?私はここにいるのだし。でもここにいる友人たちは、いつか私が韓国を離れることを予感しているんだろうか。
うーん。寂しい。
それでも、そんな知人の思いやりはそれ以上に嬉しかった。これでひとりで食事するのはなんか侘びしいけど、ちょうどノートパソコンの置き台にぴったり!あ、家でパソコン作業はやらない宣言したんだった.....<9/9火>
秋夕の連休に突入。今年は週末と連結するので文字どおりの大型連休。韓国では旧正月とこの旧盆が1年間でもっとも重要な年中行事である。
引っ越しが済んだものの忙しくてなかなかできなかったチプドゥリをした。引っ越ししたり家を買ったり、新居を構えた時に行う、いわば新居披露パーティーだ。
親しい友人たちを招待した。やっぱり日本料理でお迎えしなくちゃと、朝からロッテデパートの食料品売り場に出かける。
日本食の食材は最近はほとんど入手できる。でも肉厚の紀州梅や納豆はだめ。日本人駐在員たちご用達のトンネには売ってるらしいけど。
ところが。一通り買いたいものを手に入れて、いざ帰ろうとしたその瞬間、とってもなじみ深い四角いパッケージ。見つけました、ついに。納豆!
3つで1パックのミニパックで、お馴染み水戸納豆と、北海道十勝納豆の2種類。1パック2500ウォン(約250円)と、庶民の線を超えない価格だったので、早速まとめ買いをした。
日本の味を揃えて友人たちを迎える。みんな仕事もプライベートもサッカー三昧の友人たちなので、当然のごとくサッカーの話題で盛り上がる。
頭の痛い話、日頃の煩悩は全て忘れられるこういう瞬間がとってもいい。
ここ2、3か月、だらだらと悩んだり、くよくよいじいじしてきたのは、一種のホームシックが原因なんだと思う。ウリキリ文化という単一民族意識にはついていけないものがあって、たとえば私の妹がドイツ人と結婚して、姪のティファニーは世界一かわいいと友人たちに自慢すると、「韓国では混血は隠れて暮らす」なんて極端な話まで聞くことになるのはつらい。世界一外国人が住みにくい国だと宣言する人もいた。
私自身、それを実感したのはワールドカップの時だったけど、でもまあこうやってまだここにいるわけで、それはここにも本音で接することができる友人がいるからなのだ。国籍は関係ない。時には日本人の代表みたいな態度で韓国人としての友人たちと論議することもあるけど、それも私の本音の部分で他人にはやたらに見せられない姿だったりする。そんな友人の数は多くない。とても少ない。そういう存在は長い人生でもほんの数人、あるいは一人でもいるだけでハッピーなことなんだと思う。
サッカーがきっかけで知り合った人が多いけど、いわばサッカーも私の人生においてそういう位置にあるのかもしれない。本当は2002年のワールドカップが終わったらサッカーとは縁を切る予定で韓国に来たんだけど。なんてチプドゥリを終えてしみじみ考えた。引っ越しも何かの転機、かもね。<9/6土>
最近、ちょっと悩み事があって、そんなこんなで昨夜は泥酔してしまった。
いや〜こういう時はお酒に走るのはよくない!
ソウル市長がソウル球団に既存のチームを他の地域から連れてきて1チーム、企業をからめて新チームを1チームという方針を発表したというので、ソウル市民球団運動を行ってきた知人たちが緊急の集まりを開いた、その席でだ。
まあ政治からみで純粋なサポーターたちが翻弄されているんだけど、私はあまりこういうのには口出ししない。それで一人で焼酎飲みながら黙って聞いているうちに、飲み過ぎ。ここのところ気分がすぐれなくって、ちょっと気分転換したいという思いもあった。
ひとりで帰ろうと席を立ったが、お店から自宅までのわずか徒歩5分の道のり途中で動けなくなった。それで一緒の席にいた友人にSOSの電話をして呼び出し、家まで連れていってもらった。
焼酎はたくさん飲んでも翌日は余り残らない。だから今日も朝7時には起床して洗濯までした。記憶も残っている。でもね、不思議だったのは、歩けないぐらいに酔っぱらっちゃっていても、脱いだ靴をいつものようにきちんとそろえて置いてあるのだ。つけていたピアスなんかはその辺に転がっているというのに。
脱いだ靴揃え?はなぜか私がこだわっている生活習慣のひとつなので。
そんなのこだわらなくてもやって当たり前のことなんだけど、お店なんかで靴を脱ぐ時もこちらの人はそろえるということを余りしないので、韓国生活が長くなって日本でのいい習慣を忘れないためにって、いくつかのことを大げさに励行してみているの。いつでも日本社会復帰ができるように。ぶつかったら必ず謝る!信号を守る!トイレの入り口待機!とか。そんな小さなことでも、国が違うと価値観が変わちゃうのだから。もちろん韓国にも日本に持って帰りたいような習慣はたくさんあります。ということであまり気分転換にはならなかったけれど、呼び出した友人以外、迷惑をかけた人はいないようなので、よかったよかった。
そんなことになってたら、気分転換どころか自己嫌悪でしばらく立ち直れないんだから。経験済み。
<9/3水>
携帯電話に文字メッセージが届いた。
『明日、軍隊に行きます。今まで本当に申し訳ありませんでした。行ってきます。」
大学の級友だった。入学したての頃、勝手がわからずうろうろおろおろしていた私を一生懸命面倒をみてくれた。1年は必須科目をとるので学番が近いその友人とはほとんどの講義を一緒に受けたものだ。その時一緒だった友人たちはもうほとんど軍隊に行ってしまい、またその友人もソウル大転入を目指していたし国家試験の準備もあって、次第に私も一人で講義室に入ることが多くなった。
「今まで申し訳なかった」という謝りの言葉は、たぶん、いつからかそんな状態になってしまったことを言っているんだろう。
他の留学生なんかもレポートを出したり教授と接したりする要領がわからなくて四苦八苦しているのをよくみかけたけど、ひどいケースは掲示板にはられた試験会場の変更のアナウンスを読み取れず、試験を欠席、落第した知人もいる。
どんな世界でもひとりでは生きていけないもので、大学生活を平和?に送ろうとしたら学友や教授たちとの付き合いがとっても重要なのは言うまでもない。
うちの大学はどちらかというとエリート意識を持つ学生が多いので、これは他の留学生の友人が言っていたことだが、みんな「自分のことで精いっぱい」で、そのうえ、ライバル意識も加わっちゃって、とても留学生の面倒までみられない、ということらしい。
私はあまり実感はしたことがなかったし、最後に会って1年以上経っているその友人が謝るほど私自身クラスメートに依存していたつもりはないけど、でも、そうやって明日軍隊に行くという彼の心境を思うと何ともいえない気持ちになった。
準備中だった孝試(国家試験)はパスしたのだろうか。カチューシャには入れたのだろうか。おおざっぱな説明になってしまうが、カチューシャは徴兵期間を駐韓のアメリカ軍で送ることができる。英語も取得でき、通常の軍隊よりははるかに楽だと言うので希望する人が多いのだけど、試験もあり、非常に狭き門なのだ。
電話でもしてあげればいいのに、それも躊躇するぐらい、もうずいぶん会っていないクラスメートだった。
同じ仲間だった他のクラスメートは来年の1月には除隊になるというのにこれから長い軍隊生活をスタートさせるその友人にかけてあげる言葉さえ見つからない、平和ボケボケの私なのだ。
<8/30土>
私はゲームものがあまり好きではない。
パソコンにはゲームはひとつも入ってないし、入ってたら消してしまうぐらいだから。ファミコンもやったことないし、ゲームセンターにも近付かない。
韓国にきてちょっとだけ付き合った相手が、デートというとゲームセンターに行くので閉口した。彼の周りの友達たちもそうだったので、会う度にストレスたまって、長続きしなかった。ゲーセンに通う年齢でもないし、お酒でも飲みながらぐでぐでおしゃべりしたほうがず〜〜〜とましじゃない。
サッカーゲームは選手の名前も覚えるし、やってみるといいよといろいろな人が勧めてくれたが、それでも今まで未体験のままできてしまった。
ところが、マックユーザーの韓国人の友人から教えてもらったゲームにはまってしまって、ここのところ、ちょっと中毒気味なの。
簡単な絵合わせゲームなのだが、レベルでレイアウトが変わって、ひとつひとつクリアするのが、楽しい。
朝1回、昼ご飯の後に1回、そして夜1回と、日課となってしまった。
でもね、以外と疲れるの。友人は、原稿書きなんかの合間の頭休めといって勧めてくれたが、とんでもない。最近の疲労の原因はこれにまちがいない。
で、今もパソコンつけて、そしてゲームを開く。チタンネックレスも忘れてはいけない^^
こんなんだから、のめり込むのが恐くて、今までゲームものを避けてきたのかも。<8/27水>
毎日更新宣言をしてしまったので、今日は日記を更新します。
雨ばかりの毎日。昨日は晴れたかな。今日は雨、大雨。
すみません。話題、ない。ちょっと疲労がたまってしまって、今頃韓国で流行り出したチタンネックレスをつけてみる。
だってみんな「これ効く」っていうんだもの。
友人は湿疹まで出ちゃったそうだから、体に何らかの影響は与えているのだろう。
最近は選手たちもみんなつけてるし。
今日一日つけてみて、何だかいつもより疲れを感じない気が、する。こういうのに弱いんだよね。いいって言われちゃうと本当にいいって思い込んじゃうタイプ。でもあまりオシャレではないんで、明日は外そう。<8/23土>
引っ越しして1か月。でも日本に帰ったりしていたので、まだまだお客さま気分だ。
1か月も経って発見。なんと私の部屋から南山タワーが見えたのだ!てっぺんだけだけど。
夜、輝く南山タワー(のてっぺん)を見つけた時にはとっても嬉しかった。ささやかな夢(第二希望の)が叶ってしまったんだもの。
韓国代表の常宿、Tホテルと韓国の『迎賓館』Sホテル、そしてすっくと立つ南山タワーを眺めながら帰宅の毎日。
しかし、ほとんど部屋にはいないんだけどね。
<8/4月>
韓国の首都ソウルにはワールドカップスタジアムはあってもプロ球団がない。
そのソウルに市民球団を作ろうという私設団体が活動をはじめたのはかれこれ3年になる。私の大好きなデザイナーのブタ氏が中心となってスタートしたので、私もスタートしたころから何の役にはたっていないものの、ずっと見守ってきたものだった。
ソウル市民のための市民球団。10代20代の若い世代が中心になって夏休み返上で署名運動をした。幹部の大人たちは様々な企業をかけまわり投資を募った。地元企業と市民が共存する球団をめざしていたのだ。その頃サッカー協会やプロ連盟はというととっても冷ややかな態度だった。国際試合の時にスタジアムで署名運動をする許可さえ下りなかったものだ。サッカー協会そのものが某財閥の傘下にいたようなものだからね。あ、今もそうだけど。
ところがここに来て協会が「ソウル市民球団創団運動」なんて言いはじめた。署名運動にも著名な「方々」がぞくぞく訪れ、これだけの面子が集まれば署名なんていらないじゃんなんて思ってしまうぐらいだ。
ブタ氏たちサッカーを愛する人たちが運動を始めた当初、参加者のほとんどが高校生、大学生だった。「市民球団?いいね〜」と賛同し活動の「看板役」を買ってくれるサッカー人も存在した。でも実態は投資どころか差し入れすらしてくれなかった名目上のスポンサーたち。
お小遣いから1万ウォン、2万ウォンと捻出し活動費にあてて、苦しみながら参加していたソウル市民球団の「運動家」たちも、この協会主催の大規模な運動に参加することになった。ブタ氏はますます忙しい。ブタ氏がこれまでこつこつと準備してきた市民球団創団に関する国内外の資料がようやく日の目を見ることになったから。
でも、悔しくない?ただ利用されるだけみたいで。これまで無視してきたくせに。所詮、会長の復権の手段じゃない。
心がとっても狭い私の問いに、ブタ氏はいつものように悠然としてこう言った。
「大企業の私物でしかない球団でなく本当の意味の市民球団ができるんだったらどんどん協力したい」
そして今日もブタ氏は自分の本業そっちのけで資料をかき集めて慌ただしく出かけていった。全てがボランティアなのだ。
日本人の私にもなにかできることはないだろうか。そう思いつつ3年が過ぎてしまった。恥ずかしい思いでいっぱいだ。
<8/2土>
土曜日の夜、私にはとっても楽しみにしていることがある。
美味しいもの食べながらテレビで「刑事コロンボ」をみること。笑わないでね。
美味しいもの、最近はもっぱら「たこ焼き」。
明洞にたこ焼きの屋台があって、ちょっと小振りだけどなかなか美味しい。引っ越してから明洞がとっても近くなったので、今日もオフィスでの原稿書きの合間にちょっと出かけてたこ焼きを買ってきた。そして「刑事コロンボ」。
最近引っ越しをして生活が変化したためか、体調が思わしくない。お昼に知人のカメラマンが訪ねてきてカルビを食べたのだが、ビールさえも飲む気になれなかったのは私としては尋常でない。でも日本の味「たこ焼き」を一口、二口、しているうちに、久しぶりの食欲が!
で、本当に久しぶりに美味しいビールをいただきました。もうひと仕事できる力が湧いてきた。さて、この間の日韓U22戦のビデオでもみましょ。
<7/27日>
お昼を食べようとふらふら出かけて、「このあたりに住んだらいいだろうな」なんて思って歩いていると「空き部屋あり」の張り紙をみつけて、電話して、部屋をみて、そして引っ越すことになった。ほんの30分の間の出来事だった。
ずっと引っ越したかったのだが、面倒くさがりなので、なかなか動けなかった。それでも、1年ぐらい前から目をつけていた場所だった。私の夢は「漢江が見える部屋」に住むことだったのだけど最近は南山タワーが見える部屋も第2希望としてあがっていて、こんどの新居は、タワーは見えはしないが南山の香りぐらいはするエリアである。
韓国に来た時は長居をするつもりではなかったので、もともと荷物は少ない。だから引っ越しもひとりでやった。昼間は時間がとれないので夜と早朝。大きな荷物かかえて何往復も。ひゃー女ひとりで生活するってのは本当に大変だわ。
これまでの荷物が少ない反面、新居に必要なものをそろえるのにも一苦労。
そして、日曜日の今日。ついに引っ越し完了。ぱちぱち。
6月にオフィスを引っ越ししたばかりで、そのオフィスからも歩いて5分。でこの際だからと一大決心をした。パソコン中毒生活はやめよう。
家にはパソコンを置かない。仕事はオフィスで。勉強机もないので、大学のレポートもオフィス。
自分の時間を大切にしよう。固い決意だった。
固い決意だったはずなんだけど、日曜日の今日、引っ越しが終わって、歩いて5分のオフィスにやってきて、そしてパソコンのスイッチオン。
ますますパソコンに向かう時間が増えそうな・・・・。これからは終バスも関係ないしね。やれやれ。<7/4金>
このHPは日本では報道されないような、そんなニュースを選んでお伝えするのが目的だった。ニュースの話題性よりも、私自身が感情移入しちゃったようなそんな記事を紹介したかったのだ。ところが一人で翻訳してアップするには限度があるし最近は翻訳エンジンや、新聞社等の翻訳サイトも増えたので、そんな甘えもあって最近ではなかなかはじめた頃のような盲目的な元気をここに注ぎ込めないでいるの。初心忘れべからずなのにね。ごめんなさい。
で、それをフォローしていただいているのが掲示板。
今日もキムヒョンソクの引退表明のニュースを掲示板にアップしていただいた。
キムヒョンソクはミスター蔚山。私が初めて触れた韓国サッカーの一部分だともいえる。初めて会ったのは7ー8年前。日本に試合に来たときだった。仕事で1週間彼のチームと同行した。
ホーム&アウェイだったので、そのすぐ後にまた韓国のスタジアムで再会したが、ちょうど選手がグランドに出ていく直前で、レフリーが選手ひとりひとりのスパイク等のチェックをしているときだった。
キムヒョンソクは日本側のチームスタッフだった私をみつけるとウィンクしながら親指をつきたてるポーズをしたのだ。「韓国サッカーの強さを見せてやるぜ!」なんて感じで。
それがとっても自信満々で、雄々しくて。その時のキャプテンマークも記憶にしっかり刻まれている。
きれいごとは言わないよ。私も女性^^なので、ああいう男臭いサッカー選手にはもうころっと参ってしまう。好きな選手はと聞かれても答えられるのは数名しかいないが、プレーよりも「雰囲気」で好きだと言える選手もいるのは事実だ。
あ、サッカー選手追いかけて韓国にきたのではないです。それだけは断言する。
キムヒョンソク、その頃は典型的なストライカーだと思っていたけど、年齢とともに彼の持ち味が変わっていった。ああいうふうに自分の年齢を受け入れて順応していけるサッカー選手は果たしてどれだけいるだろう。今やしぶいおじさん選手になったけど、2年ほど前のKリーグのあるゲーム。体力の限界を超えながら、(よろよろしながらといったほうがいいかも)、ボールを一人で持ち込んで倒れながらゴールを決めた。しばらく起き上がれない。その時がちょうど彼の記録となるゴールで、キムヒョンソクは芝に顔を埋めたまま泣いた。
ああいうサッカーはいい。ああいうサッカー選手はとってもいい。
<6/28土>
偶然見つけた日本式「酒房」。こじんまりとしていて、掘りごたつ式で、とってもいい。
お手軽価格で日本酒が飲めるし、お昼に食べたコロッケもばっちりだったので、お酒好きの韓国人の男友達を4人、ぞろぞろと引き連れて繰り出した。
日本の漬け物(梅干しもあり)、納豆、その他、いっぱい頼んで、そして日本酒^^
この間の日韓戦の観戦で新宿に滞在したという友人二人。そのうちの一人は日本に留学経験もある。 彼等にもとっても気にいってもらえたし、肉が全然食べられないというスーパー偏食の知人も、たくさん食べていた。ただ、やっぱり、「保守的」なのがひとりいて、日本酒を一口したとたん、こんなんじゃ酔えない、2次会に行こうと言われてしまった。しかもその人ったら、せっかく、日本的なメニューを選んであげたのに、勝手に「トンカス(トンカツのこと)盛り合わせ!」なんてオーダーしちゃって。トンカスはだめ。いつでも食べれるじゃない!!その人からはついに、「おいしい」の一言は聞けなかった。まあ、お世辞言って欲しいわけじゃないんだけど、せめて、楽しそうにはしてほしかった。食事の席がただひたすら食欲を満たすためだけだったらつまんないじゃない。
それでもあとの3人は大満足してくれて、もちろん口に合わないものもそれぞれあったけれど、こういう機会を喜んでくれたので、私もとってもハッピーだった。日本でいった居酒屋よりも日本の匂いがするって。
しかし、気が付いてしまったの。日本酒、飲んでも全然酔えないのだ。普段、焼酎もあまり飲むことはない根っからのビール党なのだが、それでも成り行きで焼酎をいただく時は、ストレート。こちらでは、「まず、一杯」のビールなんてないの。ビールは2次会用。はじめから焼酎なので。焼酎の水割りも、ない。
かなり飲んだと思ったが、なんだか全然、酔えないんだよね。日本酒。
それでも、おいしい食事とおいしいお酒で、気分よかったです。
また行こうね^^<6/26木>
引っ越しついでに、パソコンを買った。そろそろ機械ものが欲しくなる周期に入ったので。
ちょっとお金が貯まると、なぜか機械に走る。パソコンだったり、カメラだったり、PDAだったり。日本にいたころは、今より裕福だったので?、それに普通の女性の「贅沢品」も加わって、まあ、消費しまくっていたんだけど。あ、車の部品類も忘れちゃいけない。携帯電話は、もうしょっちゅうだったな。
今はまだいい方で、それも貧乏学生なんで(^^)仕方がない。でもやっぱり、走っちゃった。洋服買うより、パソコン。
マックは韓国では需要が少なくて、高いモデルほど日本と価格差がある。でも、だからといって日本で買って持ち込むわけにもいかないから、買いました。買ってみました。
今までつかっていたPowerBookG3にも無線LANを取り付けて。ドライバー持って、パソコンを解剖していたら、友人たちが、びっくりする。そんなことまでできるのか???って。すごく簡単な作業だったんだけど、まあ、普通はしない、らしい。
こちらのひとは他人のやることにすごく興味を持つので、私の作業にも横からあれこれ文句をつける。それ、そこじゃないよ・・・・。
いいえ、これでいいの!ほら。と、ひと騒動だった。
そういえば、日本から来たばかりの時に、買ったばかりのパソコンを下宿のお兄さんに解剖されて壊されたっていう友人もいたっけ。
こうしてセッティングも完了。これでしばらくはハッピーだ。
<6/16月>
ただいま 韓国サッカーボイコット中。同時に私生活(といっても公的生活なんてのは今の私にはどこにもないのだけど)もいろいろ忙しくて、サッカーどころじゃなかった。
何に抗議しているかっていったら、とってもつまんないことなんだけど。
2003シーズンのKリーグガイドが発刊されないことが決定したのだそうだ。「来年もどうなるかわからない」とは担当者の言葉。毎年プロ連盟から発刊されてきて、各球団別に選手・スタッフ紹介や、スタジアム、ユニフォーム・ホームタウンの歩き方などが網羅されて、それなりに毎年楽しみにしていたのに。
それでも韓国で唯一といえるサッカー専門月刊誌に選手名鑑と併せてKリーグ特集が組まれたので救われたのだけど、国内リーグの活性化が重要視されているのに、といくら考えても理解できない。
たかがガイドブックとはいえ、これまでも毎年(といっても発刊されてまだ3、4シーズンなのだが)発刊されてきて、唯一のKリーグ広報物なのだ。そういえばプロ連盟から出ていた月刊誌も休刊と称して未だ復活してないな〜。
ワールドカップでもCU@K-LEAGUE(Kリーグで会いましょう)なんて口先だけのこと言っちゃってと大憤慨していた矢先、前回の国家代表戦で、またまた「CU@K-LEAGU」の文字を見つけてしまった瞬間、虚脱状態。
選手もチームもサポーターたちも、がんばって盛り立てていこうとしているのだ。
それなのに、こんなんでいいの?韓国プロ連盟。
だから代表戦も観に行かない。Kリーグも観に行かない。とボイコットと称して、サッカー以外の生活に集中してみたんだけど、やっぱりだめ。今週は絶対Kリーグに行こう。それも近場じゃなくって。
<5/31土>
一昨日、実に5年ぶりという日本の知り合いから突然電話をもらった。
名刺の整理をしていたら私の連絡先が出てきたという。
「 たった今韓国代表をお迎えしてきましたよ〜」とおっしゃる。今回韓国代表が滞在するホテルの関係者だった。だから私に連絡を下さったというわけではないんだけど。
日本で仕事をしていたころはずいぶんお世話になった方だ。相変わらずサッカーのお仕事をしているのね、と、簡単にお互いの近況報告だけして電話を切った。私としてはとっても久しぶりの方からの嬉しい電話だったので、翌日から大きく話題になってしまった韓国側からのクレーム云々は、何だかな〜という思いだ。
私も日本では海外クラブチームの日本滞在中の手配やお世話を何度かした経験があるので、その苦労はよっくわかる。
もうかなり前の話だが、連絡の行き違いで生じたトラブルで、外国から来たお客さまに「試合をしないで帰る!」とまでいわせたことがある私。とはいえそんなトラブルがあっても、いやトラブればトラブルほど最後は別れが辛いほど仲良くなってしまうのが常だった。今となってはいい思い出だ。
韓国からのチームを迎えるのも、また韓国に行って試合することも経験したが、試合日の選手バスの移動に交通規制された道路を警察が先導するなんて日本の常識では考えられない国?をあげての対応には驚かされたものだ。さすがサッカーが国技の国だなんてその当時はまじめに感動した。実態はかなり違ったけど。
また、成田で迎えたら数名の選手がビザ不備で(観光ビザだったの)イミグレで2時間足止めを食ってしまった挙げ句、仮入国は許可されたものの、翌日手続きにその選手たちと走り回ったということもある。もちろん?大クレームを受けた。主力選手に試合前に練習もさせないのか!。。って。
日本じゃ練習用のグランドを数時間借りるのにもかなり前からの予約や大きな費用がかかる。ましてや試合をするスタジアムを彼等の滞在中毎日練習用に用意するのはほぼ不可能に近い。でも試合前にゲームが行われるグランドの状態をみるのはサッカーの世界では常識だし、可能な限り同じところで試合前の調整を済ませたいというのは当然な要求である。そんなことでも何度かもめたっけ。
それぞれの国のルールや事情もあるし、単純に物価の違いから生じるトラブルだって実際にあるのだから。
ここまでは私の経験談で、今回のトラブルの経緯は 全く知らないので、とやかくは言えない。
でも、ありがちなトラブルや、ちょっとした不満がとっても大きく報道されちゃったんじゃないかな〜と密かに思ってる。チームだけでなく韓国側の報道陣も国を背負ってきているわけで、韓国での注目度も尋常ではないのが日韓戦だからね。
韓国代表の滞在ホテルは、交通の便はちょっと悪いが、部屋も広いし、何と言ってもJリーグチームも使用していてサッカーチームの対応にも慣れているホテル。大々的に不満言われるようなことはないと思うんだけど。韓国オリンピック代表も宿泊したことなかったっけ?(記憶が曖昧でごめんなさい)
とまあ、以前に私自身が経験した失敗や苦労をいろいろ思い出しながら、勝手な解釈をして、今回の事態を見守らせていただいてます。
関係者の方々!本当にご苦労様です。。。
<5/14水>
私の専攻は経営学。できの悪い学生なのだが、意欲だけは人一倍で、実習のつもりでインターネットでお店をやっている。
IT先進国の韓国で学んでいますからね。
日本向けに韓国サッカー関連のユニフォームやグッズを紹介しているんだけど、とっても垢抜けないホームページでしかも最近はなかなか更新ができない。(ここも一緒だわ。ごめんなさい)
それでも、絶え間なくオーダーをいただきまして、それも日本からだけではないのでちょっと驚いている。翻訳エンジンを使って利用していただいているようで、数は少ないけど、アジアからはもちろん、アメリカ、カナダ、なんとアルゼンチンからもいただいた。
韓国語のショッピングモールを利用するのではなくて、日本語で韓国サッカーグッズを扱うマイホームページを利用していただけるなんて、とっても驚異だ。
先日もドイツから英語でオーダーをいただいた。
水原三星のファンでユニフォームが欲しくてインターネットを検索してみたが韓国語のサイトでは翻訳エンジンが利用できないのだそうだ。
だから「手助けして欲しい」と。
お名前だけでは肌の色まで知ることはできないが、どうも僑胞ではないようだ。
サッカー先進国のドイツに韓国プロチームのファンがいるとはすっごい!海外とのお取引で一番の問題は決済なのだが、ドイツ人と結婚した妹経由でユーロが使えるようになっているので(へぼいHPの割にはこういうところはしっかりしている)、メールをいただいて1週間でお取引完了。
そしたら昨日メールをいただいた。
何もかも気に入って、そして今回の取引はとてもグレートな体験だった、というような内容だった。
うれしい。
もちろん欲も人並みの私だけど、実のところ利益なんかは問題ではないの。世界のどこかで、韓国代表やプロチームのユニフォームを着てくれている、ということ自体がとっても不思議で、嬉しい。
私こそグレートな体験をさせてもらっていると思うのだ。
<5/13火>
こういうのを無二の親友といっていいのかわからないが、私にとって一番といっていいぐらいの親友は韓国人、しかも「男」だ。
日本にいたこころからの長いつきあいで、でも誤解のないように言っておくけど、彼を追いかけて韓国に来たわけでは、絶対無い。まあ、私の人生に大きく影響しているのは確かだけど。
釜山にいる彼から2週間以上も連絡がないことはない。ちょっと仕事で韓国を離れるからしばらく電話できないとわざわざ連絡が来るぐらいで、そういう時でさえも1度ぐらいは海外からも電話をくれる。
電話かけるの大嫌いな私が用事もないのに電話ができる数少ない友人のうちのひとりでもある。
せっかく念願のジュニアのコーチ職についたのに、いろいろ事情があってやめてしまった彼は今は無職のはず。なのに2週間以上も電話がない。
「ぷーちゃん、何してるの?」と電話してみた。「プータロー」のぷーちゃん。彼は大阪弁ぺらぺらのへんな韓国人だ。
そしたら「忙しくて、2週間ぶりに自分の時間がとれたのが今日」だという。私、ちょうどいいときに電話したらしい。なんと彼は、某プロ球団のフィジカルコーチとして3ヶ月間のインターンを経験中だという。まあもともと彼も選手で、日本で大学院まで出てコーチ学を専攻してきたわけで、収まるところに収まったね、と、あまり驚きもしなかった。3ヵ月後はどうなるかわからないけど、ちょっとやそっとでは入り込む余地のないこの世界に、彼のような選手としてのキャリアもあまりないタイプが勉強させてもらう機会を得ただけでもすごいことなのだ。
彼が韓国サッカーの未来の一部を担っているのを固く信じてきた私。勉強熱心でとっても賢くて、頼れる指導者になるだろう。
彼は意欲も満々だけど、韓国社会の縦や横の事情もよ〜く知っている。
意欲だけが空回りしないように、自分の置かれた立場や周りをしっかり見極めることも必要だということは私がアドバイスするまでもなかった。フィジコとして何か不満は?
う〜ん、まずは、選手の食生活かな。
就職が正式に決まったらお祝いに何が欲しい?と訊くと、「デジタルカメラがあれば選手の食事を記録して研究できる」と彼。日本から来たばかりの某日本人選手も、試合日程関係なく「肉」を食べる習慣に驚いていた。
私も日本では遠征時の選手の食事の手配を手伝っていたことがある。
当時、アウェイの試合の前泊で、最高級のホテルに泊まり食事はホテルが用意してくれたブッフェが一般的だったのを、「若い選手たちは普段はコンビニの弁当ですませているのに、試合前だけこんなに豪華なブッフェで好きな料理を好きなだけだけ食べてしまうと、体脂肪を管理している意味がない!」というニカノールというトップコーチの鶴の一声で、その後の食事のメニューががらっと変えられた。
選手に食事コントロールの重要性を訴えるのだけど、そのときのニカノールは興奮して怒りながら涙さえ浮かべていた。
つまりその頃はプロでも食事の重要性に対する認識が中途半端だったということだ。日本のプロチームでも積極的に栄養士を通じて食事にも気を配りはじめたのももちょうどその頃だったのではないかしら。
好きなものをお腹いっぱい食べられなくなった選手たちの不満を解消するために、それは苦労した。ブラジル人選手のように主食が肉というのもあれば、試合前は肉は食べない、野菜は絶対だめ等等、多様な選手の食習慣や嗜好を全て満たせるのは、種類も豊富なブッフェが最も適していたのだけど。
予算にも限界がある。栄養士さんのアドバイスをベースにして、何度も話し合い検討に検討を重ね、試行錯誤を繰り返して徐々に完成していった遠征時のメニューは、他のチームでも参考にするほどの出来栄えだった。
だから、ということではないとは思うが、ブッフェスタイルの食事をやめた途端にチームの調子がよくなって、成績も上位につけた。
選手の不満の声も次第に消えていったっけ。
そんな話をつらつらと彼に話した。
食べるという欲求が満たされないと不満が出ちゃうからね。コンディションにも大きく影響するし。
それを変えていくのはすっごく骨が折れるとおもうよ。と、涙目のニカノールを思い浮かべながら、素人なりのささやかなアドバイスをした。
でもさ、なんで知らせてくれなかったの?と責める私に、
「だって、3ヵ月後はどうなるかわからないから。家族と彼女にしか話してないんだ」・・・
彼女と聞いて、超ご機嫌斜め。
男は恋人よりも友情を優先させるもんじゃないの?ぷんぷん
<5/5月>
語学スクールで知り合った日本人の友人に1年半ぶりで会った。彼女の韓国滞在歴は私より3ヶ月長く、語学研修を終えたあとは、ひたすら韓国企業を転々としながら仕事をしてきたという、今だにサッカーしかない私なんかは足元にも及ばない韓国社会大ベテランの彼女。
彼女の韓国での経験談はすごいものがある。
韓国での生活で日常で起こりえる事件のほとんどを経験してきたのではないか、と思うぐらい。詐欺、裏切り、すり、ソウルに住んでいて水難民(水害にあって住むところがなくなっちゃという)生活も経験した。
他の知人に「韓国は鬼門だから早く帰れ」と言われているらしい。(鬼門て、何??)
今は大手企業の系列会社で通訳や翻訳の仕事をしているけど、突然地方の工業地帯に出張にいけといわれて約半年、いまだにそのままソウルに戻れないでいるそうだ。
日本人同士で韓国の悪口言わない宣言をしている私だけど、彼女にはいろいろと聞いてもらいたい話があって、結局は、いかにこの地で日本人が生きていくことが大変かを語り明かす結果となった。深夜の3時まで。
ちょうど前日知り合った韓国人ビジネスマンに「韓国人が日本人と付き合う際に気をつけることはなにか」という質問を受けていた私。日本との取引をスタートするという。
そこで彼女にも同じ質問をしてみた。韓国に全く免疫がない日本人技師たちと韓国企業の間の通訳や翻訳が彼女の仕事だから。
いろいろ挙がったが、仕事をするとなると、ただの友達付き合いでは経験できないいろいろな葛藤があるものだ。
契約に対する認識の違い、仕事の段取り、計画に対する習慣の違いなどは切実らしい。
1ヶ月後には在庫がなくなるとわかっている部品も、いざ必要というときまで準備をしないから納期が遅れる。
こつこつと先のことまで根回し、気回しする日本のスタイルとは違い、行き当たりばったりのことが多い韓国。
約束の納期に間に合わないと突然言われ、慌てて日本からやってきた技師に「徹夜してでもやれというのか。日本人はひどい」という韓国側工場。「そんなの通訳できない」・・・・は彼女。
私たち日本人が韓国や韓国人に対して抱く不満は、実はそのまま彼らが私たちに持つ不満の裏返しだということも理解していなくちゃね。4年以上も住んでいると、韓国人のストレスも理解できてしまうので、だから間に立たされて辛い立場になってしまう。
仕事のやり方はそれぞれで、日本が世界の常識だとはいいきれないけれど、自分の経験も思い出しながら、彼女の話に大いに共感してしまった。実はサッカーの世界でも同じような問題があるのを数日前に聞いたばかりでとっても興味深い。
深夜の3時まで、こんな類の話で大いに盛り上がった私たち。最後に彼女、「でもね、なんやかんや言いながらもこ韓国、離れられないんだよね」・・・
わかるわかる、その気持ち。
<5/1木>
知人が訪ねてきて、ビールでも飲みに行こうということになった。
仕事の整理をしている間にその人、私が手に入れたばっかりの大田シチズンのユニフォームをちゃっかり着込んで、「これ着ていく」といって聞かない。30も後半のいい年したオヤジが、ショッキングピンクの体にぴったりフィットタイプのユニフォームを(しかもスーツ姿で)着ている姿は、かなりへん。
彼はサッカーマニア、ユニフォームマニアで、私服出勤が許される土曜日は会社にサッカーユニフォームを必ず着て行くという。私は私で、その日、フェイエのグリーンのTシャツだった。
彼は脱いだネクタイとワイシャツをショッピングバックにいれて、早速、近くのビアホールへ出かけて黒ビール。
席についてしばらくすると、なんと、偶然にもサッカーデザイナーのブタ氏ご一行様が店に入ってきた。みんなよく知っている仲なので合計5人で飲み始めた。ピンクのユニフォーム(それもブタ氏のデザイン)と私のグリーン、そしてもう一人の知人は、清水エスパルスのオレンジのトレーナー。つい最近、日本に行って来たという彼、はじめてやったパチンコで大もうけしたそうで、私もジュビロ磐田のキーホルダーをお土産にいただいた。もちろん韓国人。
あでやか3人と、ブタ氏はデザイナーらしく?大きな星模様のシャツと、まあすごい酒の席となってしまった。唯一スーツ姿だった人はみんなに責められた挙句そうそうに引き上げていったけど。
そこで盛り上がるのはやっぱりサッカーのはなし。
韓国で女性がもっとも嫌がるといわれているのが
1:軍隊の話
2:サッカーの話
3:軍隊でサッカーをする話
なのだが、わかる気がするね。ムキになって自分の好きな選手やチームの話に熱中する彼らをひたすらビールを飲んで眺めているだけの私。いい気分になったころには私もしゃべりまくっていましたが。何しゃべったか覚えてない。Kリーグに文句いってたような・・・でも、やっぱりとっても楽しい。
異国の地で、気心知れた仲間がいるということだけでもとってもハッピー。みんなサッカーを通じて知り合った人々なのだ。
彼らのサッカーに対する情熱はものすごく迫力があるし、何よりもとっても刺激される。
それにしても私ってサッカー一色の生活だわ。しみじみ。
言いたいこと言って飲むだけ飲んでいい気分で帰宅したものの、朝起きて、昨夜は酔っ払って赤面するような言動をとってないといいんだけど・・・と、トマトジュースをがぶ飲みしている今朝の私。
なんかしゃべりすぎて声もガラガラだし。
<4/29火>
ネット上で活動していると、会ったことのない知人というのが増える。
メールでのやりとり、そして掲示板に参加して下さる方々。
前にも書いたが、それは私の財産であり、宝物でもあるの。
で、その方々とは直接お会いする機会はほとんどない。
オフ会のお誘いもあったし、韓国に行くのでご飯でも、と声をかけて下さる方もいらっしゃいました。ネットでの問題や事件は多い。実は何にも知らない人と長い間の友人みたいに錯覚した状態で会ってみるなんてことは、ある意味とっても無謀でアブナイことなんだろうけど、うまく利用して、モラルを守って、オフの部分でもコミュニケーションを維持できている人たちも沢山いるはずだ。
実際にそういう人たちを沢山見てきた。
実は、私はとっても人見知りが激しい。初対面ですぐに打ち解けるというタイプではないの。
知人・友人にも私から電話をかけられるようになるまでは最低1年、濃厚な?交際期間が必要なほどだ。それでも、仕事に限っては初対面というプレッシャーを克服できるようになった最近だけど。
日本でチーム専属の仕事をしていたころは、選手たちの中、紅一点で食事するのがとっても辛かった。慣れるまで半年。3食を選手と一緒に食事という遠征中は、なんせ、慣れない男性の前で何かを食べるという行為が出来なくて、バナナとオレンジジュースだけ、なんてことが続き、ついには体重が37キロ(この数値はワタシ的には驚異です)まで落ちるということまで経験した私。
そんなことも1年、2年と過ぎるうちに、それなりに自分の居場所というか、人間関係、組織においての自分の位置を確保でき、お互いに言いたいことをいいあえる関係になれるのだけど、とにかく、それだけ極端に人見知りが激しい性格なので、先に書いたように、ネットでの「知人」にお誘いを受けても、嬉しいながらも、結局は直接会うことができないでいるのだ。
ネットの世界にももちろん義理や人情はあるのであって、知らない方々とのメールのやりとりでも、最低限の挨拶ぐらいは必要だと思っている私だけど、反面、私自身とっても非常識で礼儀を忘れた対応をしていることもあるに違いない。ネットだから。顔が見えないからね。ついつい。
いただいたメールも、しっかりお返事しようと思っているうちに、ついつい書きそびれて、という方がいっぱいいらっしゃいます。
時間と気持ちに余裕がないとなかなか書き始められない性分なので。ごめんなさい。そして。
お誘いをいただきながらも、無下に断ってしまうのは、決して警戒心だけのためではないんです。
私の性格のせいもあるけれど、顔を知らない「知人」という不思議な関係もまた、いいではないですか。
ネットの醍醐味ではないかと思うのだ。
<4/28月>
私生活でいろいろごたごたして、なんだかいろいろな面でさっぱり調子がでない。
プロサッカーも観に行けないでいいる最近。大田シチズンがすっごく調子がいいんだけど、例のブタ氏のデザインした大田の今シーズンのユニフォームをようやく手に入れた。
きれいなショッキングピンクで、デザインはいい、と思う。
ところが、これ、超不良品で、洗濯するとあでやかピンクが見事に色が抜けちゃうという。アウェイは白を基本にピンクがちょっこと入っているのだが、これなんかは1回洗濯しただけで、白じゃなくってうすピンクになってしまうらしい。
「これ洗わないでね」と念を押された。
まるで使い捨てユニフォーム。今流行りのぴったりフィットタイプは、う〜んと頑張って韓国で開発したんだけど、爪で引っ掛けるとすぐに傷になるし、これでユニフォームとしての役割果たしているんだろうか。
でも大田のユニフォームは、毎シーズンとっても気になる存在。
特に今年はブタ氏のデザインだからね。
でも残念ながら、レプリカはまだ予定がないそうだ。作ってもサポーターにだけの限定品の可能性大だそうです。
<4/16水>
韓日戦。今回は完全にお仕事でスタジアムに入ったのだけど、私が日本を離れて4年、その4年ぶりに会う知人や、顔見知りの方が現場にはわんさかいらっしゃって、再会はとっても嬉しかった。
ずっと追ってきた韓国サッカーの方が今の私には親しみがあって、試合そのものも韓国側に立ってみている自分に驚き、
そしてこれまでの韓日戦とは違った、緊張感だけでない「お祭り」ムードも加わったこの雰囲気もはじめての経験だった。
試合後、本当に久しぶりに会った昔のチームメイト?名良橋くんが、私の顔を見るなり「きつかったー!」と一言。「プレスもきつくって、サイドに張られちゃって・・・・。でもね。」
彼はにこっと笑って言ったの。
「楽しかったよ!」
そうなの、その一言が今日の試合の全てをあらわしているのかも知れない。ゲームの内容そのものや、個々の選手の出来は横に置いといて、今日は私も楽しみました。
ヒディンク時代に一度あきらめた4バックや、若手の起用。
「華」はなかったかもしれないが、ヒディンク体制が導入された時のあの「不安定さ」は全く感じられなく、試合を楽しめたということそのものが、韓国サッカーが明らかに変化しているということなんじゃないかしら。日本の選手が、相変わらず、「しんどい相手」と評価してくれる韓国サッカーに、日本人としてこれからももっともっと楽しませてもらおうと思います。
<4/15火>
明日はいよいよ韓日戦。
日本からぞくぞく「人々」がやってきた。そして、やってくる。選手も、関係者も、サッカーファンも・・・
思い出すなー、3年前の韓日戦。あのときは大学の試験の真っ最中だった。
来韓した知人の数も今より多かったと記憶している。韓国人の知人たちも、もうすっかりお祭り気分で、いや本人たちは 決戦前夜!という表情なんだけど、きっとワールドカップ後の最大のイベントになるんじゃないだろうか。(あ、アジア大会がありましたね。)
この雰囲気はきっと日本がホームだったら味わえないんじゃないかしら。ところで、Yさんが「引退」なんておっしゃるものだから私夢をみてしまいました。お会いしたこともないんだけど、夢で「今日限りで終わりにします」とおっしゃっていたYさんは、実はとってもかわいい女の子だったというオチまでついていて。
ネットの世界ではどこの誰も、年齢も、そして性別もわからなくって、いわゆるハンドルネームというものだけで(それもあってないものですね)、ここでいうところのおしゃべりを楽しむのだけど、それでも通い合うものはあるのだと思うの。何か好きなこと、興味があることを語り合うのに、国籍はどこで、どこの誰で、何歳で、男か女か、なんかにこだわることの方がナンセンスかもしれない。
そう思ってスタートした「おしゃべりコーナー」なのだけど、今日まで、実に多くの方に知り合うことができた。もちろん直接お会いすることはないんだけど、それは私の財産だと思っている。
ここは個人の運営するホームページで、情報提供にも限度があるし、管理者は至らないし(しみじみ)、引退宣言にはそのほかにもいろいろな事情があるのでしょうが、でもね、どうか韓国サッカーへの興味だけは失わないでくださいね。
ここ久しく書き込みをいただかない方々にも、それだけは願ってやまないのだ。いや誰も書き込まなくなってもね、アクセスが0になっても、また、更新が月に1度しかできなくなっても、私はここを続けていきます^^と自分に約束。
<4/11金>
ソウルの街を歩いていて、あ、日本人とわかってしまう確率はかなり高い。日本人の姿勢の悪さもそうだけど、何が違うっていったら、ヘアスタイル。
ファッションは時期はずれるが日本で流行するとそのうち韓国でも流行る確率は高いと思うが、どうも髪型だけはそうはいかないようだ。
私の知っている海外で活躍するサッカー選手たちも、わざわざ日本から美容師(ヘアアーチストね。)をわざわざ呼ぶという話を聞いたし、韓国でプレーする某選手も「(ヘアサロンに)恐くて行けない」と、日本に帰国した時に髪をカットしたそうだ。
その反対に日本在住の韓国人に聞いても同じ答えだ。「日本のヘアサロンは下手だ。」「思い通りにやってもらえない。」という声を度々聞いた。韓国に留学するという私に「韓国のヘアサロンはすごく上手だから、きれいになれるよ」とまで言われたものだ。ところがどっこいです。なんせ流行のヘアスタイルが全く違うの。
平均的に顔が小さい日本人と、平均的に顔が大きい韓国人じゃ、似合う髪型も違うわけで、好みも違ってくるのは当然だと思う。韓国にきた当初は韓国人の友人の言葉に騙されて?近所のヘアサロンに何度か通った。カットとカラーリングで2万ウォン(2千円)。何でもないカットだけだったから、まあまあ満足できたと記憶している。カラーなんかはちょっと色がまだらになったりするんだけど、そのころはショートカットだったので、まあいいか。。。
でも、そのうち、はっと思ってしまったのだ。このままじゃ私完全に韓国に同化してしまう!!
私も道を歩くと「あ、日本人」なんて言われてみたい。当たり前のように道を聞かれたり、タクシーに乗って行き先を告げたとたんに「しっかり発音しろ!酔っぱらってるのか??」なんて言われるのは辛い。
そこでここ近年は日本に帰国する度にヘアサロンに通う私。時々日本人を取り戻さなくっちゃ。
でもね、難点は日本に帰国することがないと、髪はぼうぼう状態になってしまうことで、日本時代は趣味のようにしょっちゅうヘアサロン通いをしていた私としては、そろそろ限界を感じてしまっていた最近。
そこで本日、行ってきました。友人に聞いて、有名だという明洞のヘアサロン。カットとカラーリングとトリートメントで10万ウォン(1万円)を超えた。
「かなり髪をすいていますね」前回、日本で軽くウルフにしていた私の髪をみて担当の美容師さんが一言。
「同じようにすきましょうか?」というので「同じにして下さい」というと、美容師さんはえ?という表情。どうも冗談で言ったようだった。
さくさくと髪を切りはじめたものの「ちょっと変っているスタイルですね」....実は数カ月前も、違うヘアサロンで「同じようにして下さい」と言って「でもこのままのスタイルだとちょっと汚らしいですよ」なんて言われちゃって、かなりショックを受けていた私。いいの、ここで変だといわれるぐらいじゃないとね。
で、仕上がりは、というと、すっかりそのへんを歩く日本人観光客のようになった…と気分がいい今の私です^^
<4/9水>
今日みたいに余裕があるときに限って、話題が少ないサッカー関連のニュース。
その上、日記に書くような話題もなくて・・・・そろそろ本業の学業に励もうと大学へ。
毎日山のようなレポート課題、また図書館生活に戻るのかな〜。
<4/3木>
今日は韓日戦(韓国がホームなんであえてこう言わせていただきます)のチケットの発売日。自分の分ではないんだけど、日本の方から頼まれていて、オープンの9時30分にあわせて取り扱い銀行へ。
オープン前なのにロビーに待つ人わんさか。顔見知りの行員さんが私の顔を見るなり、「遅い!」と一言。
まさか、と思ったけど、そうなの、それは韓日戦のチケット発売を待つ人々だったのだ。
番号札は14番。一人4枚しか買えないそうで、「もしかしたらだめかも」とまで言われてしまって、慌ててしまった。それはとっても困る!
大学内の支店で、うちの大学がこの銀行と提携して、学生証がそのままこの銀行のキャッシュカードなの。で、歩いて1分の他の大学の建物にも同じ銀行の支店があるので、待ち時間を利用してそちらにも行ってみた。ロビーに入れないぐらいの人だかり。参りました。
すごすごともとの支店に戻った。そして私の番。4枚分OKだった。ほ。一人4枚限りといわれながらも、6枚必要だった私は思い切って言ってみる。「もう2枚欲しいんですが」
買えました、おかげさまで。わたし的にはあまり盛り上がっていないのだ。実のところ。
それよりもこの期間に日本からやってくる友人・知人に会えるのが、今の私の一番の楽しみ。
それに、催促されていた原稿、いいかげん送らなくてはいけない私としては究極のテーマになりますから、韓日戦。
<3/25火>
週末はもちろんKリーグの開幕戦を観戦。
飛行機で地方都市へ。試合後は飲んだくれて翌日の朝始発便で帰って来てからなおも一仕事?したので、めちゃくちゃ疲れて、昨夜は歯も磨かず、化粧も落とさず寝てしまった。今朝まで12時間の睡眠。
また風邪がぶりかえったようで、ごほごほげほげほ、苦しい。風邪薬、ビールで飲むのってよくないよね、やっぱり・・・・<3/18火>
衰弱はげしいKSRです。笑今日、前出のサッカーデザイナーのブタ氏から私のブランド名をプレゼントされた。
私はもう2年ぐらい前から、韓国でマイブランドのサッカーユニフォームを作るのが夢だったの。
まあ、現実化はまだまだ先だけど、先日会った時にその話をしたら、さっそくブタ氏がとっても素敵なブランド名を作ってくれたのだ。
ブランド名はまだ公開できない。^^夢が実現できたら、誰か買ってね。超少量生産だから、即売り切れが予想されます。ああ、未来の話をしているときが一番平和で幸せ。で、ノーテンキ。
究極の今日のハッピー。
私に韓国サッカーの魅力を教えてくれた、つまりここにいるきっかけを作ってくれた某元選手がインタビューで、「記憶に残るファン」ということで、どうも私のことを話した模様。
ファン冥利に尽きる、というのはこういうことかしら。まあ記事を読んでないので、どうとらえたらいいのかわからないけど。
私はいままでサッカーファンであったことも、特定の選手のファンだったこともないと断言するけど、彼のサッカーだけは違ったのだ。
サッカーもよく知らないで、仕事で仕方なく(嫌々ながらといったほうがいいかも)付き合っていたサッカーだったけど、サッカーってすっごい!ってはじめてその魅力を知ったのが、彼のいたチームが日本で試合をした時だった。その時の一瞬一瞬の感動、感激は今でも鮮明に思い浮かべることができる。
ワールドカップ共催も、私にとって見れば「おまけ」でしかなかったの。
今はもう彼のプレーはみることはできないけど、いつまでも私のヒーローです。で、私は彼にファンらしい何かをしてあげたんだろうか。長い怪我から復帰した試合に飛行機に乗って出かけ、花束を渡したんだけど、結局、その試合途中で、怪我して引っ込んじゃったし、思っているほど試合も見に行けなかった。
引退式は本当に悲しかった。マイウェイのメロディーで送られていったっけ。
「ファン」としてやりのこしたことがいっぱいという思いしかない。後悔。
「ファン」なんていう看板、恥ずかしくて、もったいなくって、とても掲げられそうもありません。
<3/12火>
昨日は久しぶりに大好きな^^ブタ氏と会った。ブタ氏はサッカー専門のデザイナー。プロチームのユニフォームやエンブレムや、そうそうレッドデビルのあの鬼のデザインも彼の仕事。
ブタ氏から電話でお誘い受けて、風邪で不調だったけど、うきうき出かけました。風邪薬飲んで。13日が私のバースデーなので、だからお祝いしてくれるのかな〜〜〜なんて。
まあ勝手な思い込みで、始終お仕事の話だった。でもどんな理由でもブタ氏と久しぶりに会えてとっても嬉しかったです。
で、もう一人お仕事仲間が同席して、3人で、1次会は焼肉、2次会はマグロ専門店でマグロづくし。体調が悪くてほとんどまともに食事を取ってなかった私にはあまりにヘビーすぎて、夜中に全部戻してしまった。涙 そして、また発熱。
そんな絶不調にもかかわらず、今日は、安養までサッカーを観に出かけた。安養LG対ブラジルプロチームの親善試合。お目当ては前園クン。髪も短くして、頑張ってました。いいんじゃない?監督にもちょこっとコメントをいただけた。
でも、寒い!!!またまた風邪悪化か???
安養で食事をして(今日も焼肉^^)、先ほど帰宅。でもね、あんなに体調が悪かったのに、今、とっても気分がいいの。やっぱりスタジアムはいい!サッカーはいいね。
しばらく競技としてのサッカーから離れていたこの頃だけど、やっぱりサッカーは観なくっちゃ!!どんなに忙しくても。久しぶりの生サッカーでなんだか興奮してしまって、深夜にこうやって日記を書くエネルギーが残っているのもすごい。最近は、私が今やるべきことが何かがわからないまま途方にくれているって感じなのだ。でも、私がここにいる理由をもう一度ちゃんと考えてみたら、答えはひとつだよね。サッカー、これしかない。それもスタジアムで見る生サッカー。代表戦ではなくってKリーグ。
今年もどんなに忙しくてもスタジアムに通おうと固く誓った私です。
<3/8土>
ここのところ更新ができずごめんなさい。地獄のような忙しさだった。日本にも行ってきた。この一ヶ月休みはゼロ。涙
忙しくてほとんど昼食抜きで、私は朝食をとらないので、1日1食という毎日。寝てもさめても仕事のことが頭を離れず毎日膨大なストレスを溜め込んだ。夢にまで見ちゃうんだもの。
おかげで?すっかり体調を崩した。
でも休めないのが辛い辛い。そして今日になってようやく平熱になって体が楽になった。なので日記を書いてます。
知人が中国から韓国に来るというメールもすっぽかしたままで、今日、まともに読んだら、数日前から韓国に来ているようだ。2度もメールをもらっているのにすっぽかしちゃって気分悪くしてるだろうな。
あ〜あ。
大学も新学期が始まったのに、こんな調子で顔さえ出していない。今年こそは勉学に励む予定だった。固い決心をしていただんけどな。
あ、軍隊から休暇で出てきた友人との約束もすっぽかしました。それと、催促されつづけている原稿もすっぽかし。こんなことしていていいんだろうか。私。
一番、気にかかってるのがマイ・ホームページ。すみません。
元気100%回復するまで、もうちょっとお待ちください。
<2/7金>
私は24時間仕事仕事でも全然平気なタイプだと自負していた。
日本時代は24時間とまではいかないまでもほぼそれに近い状態で、シーズン中はほとんど家に帰れなかったものだ。
勤務地が遠くて、しかもとっても不便なところだったので、ただでさえ時間が不規則な生活、やむを得ず、免許をとり車(湘南にぴったりのゴルフのカブリオレよん^^)を買って、無謀にも車でグランドまで通ったものだ。
その時からパソコンは私の大切な商売道具だった。携帯ももちろん。で、お給料は2の次。生活していけるだけの報酬だったら満足できたし、投資と労働力の割には薄給だったけど、それでもそれなりにいろいろなものを得ることができた。とにかく経験することが好きなの。おかげで今の自分がいるわけで。
もちろん、薄給といいながらもいただけるものはいただいていたわけだから、それ自体とってもありがたいことには違いないんだけど。
今は留学生という立場の私だけど、机の上の勉強以外にもやっぱりいろいろなことは経験したいわけで、勉強と称してあれやこれややってみているんだけど、最近、それがとっても疲れるのだ。
人間と人間のハザマってやつです。社会に出れば避けては通れない。ただでもややこしいのに、その上、日本と韓国。これが日本とアメリカ、韓国とアメリカ(この場合は私は用なしなんだけど)だったら、もうちょっと違ってたかもしれないね。
日本でがんばってた^^ころは、それでも「サッカー」という私には目新しいものに触れられていたので気分転換できる時間もあったけど、今は、ひたすら「頑張る」だけなので、ストレスはたまり放題なわけです。
でもね、やっぱり何年かして、この経験があったから今の私がいるんだ!なんて言ってるのだろうか。いや、言っているに違いない。
きっと。そう信じたいものだ。
<1/30木>
明日から日本。でもやり残していた仕事が発覚して気持ちが重い。自分のミスもあるし、どこで誰がいつミスったのかわからないなんてのもある。
どう考えてもそんなミスを起こすはずのない流れだったのに。
すっかりしょげてる私を見て友人は「解決できるのに何が問題なのか」と責める。責めないでよ〜。ただでさえ落ち込んでるのに。
結果さえよければ全てよし、といかないものが世の中には沢山あるのだ。
韓国では「反省会」をやる習慣がない。それを知ったのは大学でのグループ研究の時。日本だったら、最後に集まって「反省会」はお約束だけど。(わかんない、このごろはそうではないのかも)
で、ミスったら対処して終わり、じゃなくって、やっぱり何が原因か、どうしたらいいか、あれやこれや悩み、考えて、反省してしょげるのは普通じゃないんだろうか。そんな私を理解ができないという、韓国人の友人。
「なんでそんなに弱いんだ!」
あ〜あ、この人の前で愚痴らなければよかった・・・韓国の一流企業のビジネスマンの彼だったら、いいアドバイスでもしてくれるんじゃないかと期待していただんだけど。
いや、彼なりの「励まし」なのだというのはわかってる。でもっさ!そして、今度は、ミスではないけど、自分がお手伝いした仕事が結局うまく運ばなかった別の知人の話を聞いて、さらにどん底、真っ暗状態に陥ってしまった。いや、これこそ私は関係ないんだし、アドバイスもしてあげて、そのアドバイスを全く聞かなかった結果だといえばそうなんだけど、やっぱり何だかいい気持ちではない。
何がいけなかったんだろう、と自分の行動、言葉ひとつひとつを思い出しながら、意味も無く落ち込む。こんどは、ひとりで反省会。
日本人がみんなこうじゃないのよ。私は特にうじうじ、じくじく、ねばねばなの。
「問題でもないのに問題にすることが問題だ」。。。だって。エリート韓国ビジネスマンの一言でした。
でも反省会は必要だと思うよ?
<1/28火>
旧正月前ですごくばたばたしているこの数日。ただでさえ超大忙しなのに、突然やってきた日本からのお客様。
でもとっても嬉しかった。以前にちょっと仕事をお手伝いしたことがあって、かれこれ3年ぐらいのお付き合いなのだが、その方の通訳を兼ねて週末突然釜山まで行くことになった。
ホテルも一流ホテルだもん。なんせ私モーテル専門ですから、韓国では。女が一人、モーテルに泊まるなんて!と方々から説教されるけど、慣れると快適。なんといっても3万ウォン程度で泊まれちゃうんだから。ベッドや浴槽が丸いのは我慢我慢^^そんななので、今回はちゃんとしたホテルに泊まり、仕事をしながらとはいえ、美味しい料理もいただき、かさかさだった心が潤いました。
久しぶりの日本からのお客様だったし。今、私の周りには日本人はゼロ状態なので。
ところがやっぱり新しい週が始まってみると、とたんにストレスの洪水。なんなんだろうね。
今日、光化門まで出かける用事があって、今は帰国してしまった日本人の知人たちと待ち合わせをしたり、食事したり、お酒を飲んだりした付近を歩きながら、なんだかとっても寂しくなった。
ホームシック。なんだか今更だけど。で、旧正月、日本に帰りま〜す。
<1/27月>
念願のジュニアユースのコーチになった友人は最近いろいろと悩んでいるらしい。
そうよ、社会というのはそういうところなの。
それがどこかの会社だろうが、グランドだろうが同じなのだ。
サッカーの世界なんてのは一般社会よりはるかに旧式で時代遅れの構造なのだ。学閥主義、年功序列、男尊女卑?なんでもありの世界。
いつもストレスの発散相手になってくれていた彼が元気がないのは困る。石の上にも3年は私の座右の銘。今は我慢して、もうちょっと頑張ってみたら?実は私自信もストレス満々の最近で、同じ言葉をそのまま自分にも言ってあげたい気分。人の悩みには大人ぶってられるんだけどな〜。
<1/23木>
その人は某テレビ局のアナウンサー。サッカー担当で大学の先輩でもある。
久しぶりにばったり会った。ワールドカップが終わってからずっと顔を合わす機会がなかったのだ。
偶然にスタジアムでないところでばったり会って、新年?の挨拶もそこそこに、「で、ワールドカップで韓国は4強、日本は16強でどんな気持ちか」と尋ねられる。
思えば、初めて会ったときも「ところで、あなたは日韓戦と表現しますか?それとも韓日戦?」なんて突然訊かれて大いにとまどった。
”民族高大”と呼ばれるほど民族意識が高いうちの大学出身で、学生運動全盛時代を生きてきたその人らしい。
ヨーロッパなどの本場にもせっせと自費でサッカー観戦旅行にでかけ、サッカー関連の本もだすサッカー・フリーク。行きつけのショップでレプリカユニフォームを買う姿もたびたび目撃したし、Kリーグの試合会場で、仕事でなく試合観戦する彼に会うこともあった。
彼はワールドカップではほとんど日本で仕事をしたそうだ。「日本の試合も僕が中継したんだけど。。。」すみません、気が付かなかった。
日本語ができないので、他の試合をテレビで見ても解説が日本語でちんぷんかんぷん、韓国戦も「知らないうちに勝っていた」・・・ゴール入れられたのに何で?・・・だったそうだ。そして滞在中にせっせと日本語を勉強したそうで、ちょこちょこ日本語を使ってみせる。
「日本が試合に勝ったので日本人にお祝いをいうと、”おかげさまで”と返ってくるのが興味深かった」。
日本滞在は彼なりに有意義だった様子。ワールドカップの前と後では、スタジアムに集まる人々の顔ぶれも変わり、またワールドカップまではしょっちゅう顔を合わせていた「顔見知り」の人々も極端に減った。
私自身も今オフの真っ最中という感じだけど、やぱっりサッカーの話になると元気になっちゃうよね。
そして久しぶりにお会いした先輩との会話も、とっても心地よいものでした。
<1/9水>
またひとり日本人が帰って行った。
最後に会った時には、もうこんな国、嫌だ。早く日本に帰りたい!って感じで、まだまだこの地で生きていく私としては余りいい気持ちはしなかった。
私はもう4年以上も住んでいるので比較はできないんだけど、語学研修で一緒に勉強していた日本人の友人達は、結構みんな帰りたくないけど仕方なく帰国、っていう人が多かったので、意外な気持ちでもあった。
確かにここは日本人が住みやすい国ではないのだと思う。私も何度か「もう嫌!」っていう気持ちになったりしているけど、その度に、韓国人の友人達に助けられるのだ。「今帰ったらもう一生韓国嫌い!で終わっちゃうよ」。なんて説教きかされたら、それもそうだ、なんて納得する単純な私なのだ。
ある日本人の知人と「日韓の掛け橋、みたいな文句は口が避けても使わないぞ〜!」なんて冗談を言ったものだったけど、そんな大袈裟な、他人事みたいなレベルでなくて、単純にこの国にも日本と同じぐらい気心の知れた友人達がいるのだ。
「日本人同士で集まると必ず韓国の悪口になる」帰国直前のその知人はそう言ってたけど、なんだかもったいないな〜。何の為にここまで来たのだろう。
<1/6月>
ワールドカップのおかげであっと今の2002年だった。
しばらくサッカーはいいや!という人はきっと私だけではないだろうな。
ワールドカップ中、栄養ドリンクを手放せないぐらい大忙しでワールドカップが終わった後も暫く体が元に戻らなかった。アジア大会の時に久しぶりに日本からの知人達と会って、「どうしちゃったの?そんなにやつれて!」と言われるぐらいにげっそり状態だった私。太れない体質の私は、ちょっと何かあるととたんに顔に出てしまうのです。
その後、食べた食べた。夜中にわざわざ焼肉したり、油たっぷり、カロリーたっぷりの食事をせっせと続けて、おかげでちょっとふっくらして、「お!肌のつやがいいね!!」という言葉を聞けるようになったとたん、昨年末から、寒いわ、忙しいわで、またちょっと元気を落としている最近です。
今日も最低気温マイナス12度のソウル。朝シャンの髪は凍るし、耳は切れるようだし。
日本も大雪だそうですね。お正月はソウルで過ごした。日本からお餅を送ってもらって、お世話になっている知り合いの事務所で「日本のお餅試食会」をやったのだけど、みんな余り興味を示さない。もともとこの国の人たちは味にとっても保守的なんだと思う。未知のものを好んで試すことが少ないのだ。年令が高い人ならともかく、私の周りの「若者達」は特にその傾向が強い。昨年、大学生の友人たちと一緒に日本に行ったのだけど、着いたその日から韓国料理を恋しがっていた。チゲが食べた〜いって。
だから、うきうきしながらお餅ひと袋持って行ったのに、結局、ストーブで焼いたのはたったの「1個」、それも私が半分食べました。ほとんどの人が見ただけで「いらな〜い。」って。がっかり。。。
まあ、こんなところでも異文化同士の摩擦はあって、これがまた些細なことでもストレスなんです。
なんやかんや言いながらも、今年も韓国で頑張って生きていきます^^
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Contact
to:TEL&FAX(home):82-2-928-8160/HP:82-11-664-0386
市川恵見加/Ichikawa Emika
emika@mail.shinbiro.com