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<-スポーツソウル-2/23>
[トンヨンカップ]ファンボクァン監督「今からがスタート]「勝てばもっとよかったが長い旅程なのでゆっくり行きます」
昨シーズンを終えて日本プロサッカー(Jリーグ)大分トリニータの指揮棒を渡されたファンボクァン(40)監督がデビュー戦敗北を気にせず長期レースを準備するという毅然たる姿をみせた。
ファンボ監督は23日、キョンナム、トンヨンカップ国際プロサッカー大会開幕戦で終盤に決勝ゴールを許し、パラグアイの強豪タクアリFBCに0−1で敗北した。
母国で行われた監督デビュー戦として大きな関心を集めたこの日の試合に負けたファンボ監督は惜しさよりは「事実、重要なのはJリーグだ。今大会を通じていろいろとテストをしてみたい」と落ち着いた態度を取った。
事実今大会で大分はレギュラー選手たちのコンディション低下でベストメンバーを全員稼働できない。
外国人選手、ファティシウスをはじめとした主戦守備手が風邪の症状でスタジアムに出てこられず、去る2003Kリーグ得点合同2位(27ゴール)を記録したアグノとドド、2名のブラジル攻撃手もチーム練習に合流して2週間しか経っていない。ファンボ監督は、「今日の試合でベストメンバーは4−5名しかいない。サブ選手たちが先発で出て序盤はうまく稼働しなかった。」と説明した。
今、デビュー戦勝敗よりもより意味あることは監督として初めて迎えるJリーグ正規シーズンの成績。
ファンボ監督は「Jリーグの唯一の韓国人監督として一旦責任が重い。容易い仕事ではないが最善をつくしてチームがいい勝ち点を出すように努力する」「あまり心理的なプレッシャーを感じるのはよくない」と語った。
具体的な今シーズンの目標を明らかにしなかったが「Jリーグで3−4チームをのぞいて残りのチームはやってみるだけあると思う」と上位圏につけることに対する意欲を見せた。一方、ファンボ監督はJリーグとKリーグの違いを聞いた質問に、「技術的な面で日本は多様で、韓国は線が太いサッカーをする。試合の外的な面では韓国もとてもよくなったとはいえチーム運営など、日本に学ぶ点は多い」と答えた。
ファンボ監督は、「Jリーグはチーム構成員から運営主体まで選手が中心になるが、Kリーグはそのような点が不足なようだ」と語った。<-スポーツソウル-1/25>
チェテウク,Jリーグ清水進出
チェテウク(24・仁川ユナイテッド)が日本Jリーグに進出する。
仁川は25日「チェテウクを、移籍料1億5千万円(約15億ウォン)で移籍させることに清水エスパルスと合意した」と発表した。契約期間2年、成績によって契約を1年延長できるオプションが含まれる。各種手当を除く年俸は5000万円だ。仁川はチェテウクがKリーグに復帰する際には移籍料なく仁川に戻るようにした条件も追加した。
これによりチェテウクは昨年6月に清水に進出したチョジェジンと同じチームりなり清水はオリンピックチームで息のあった同期スターを獲得しシナジー効果を狙うことになった。
日本の代表的な市民球団である清水は2003年までアンジョンファンが所属していた球団として国内ファンにも親しみのあるチームだ。チェテウクの清水行きはこれまでたゆまず海外移籍を推進してきたチェテウクと今シーズン「第2の創団」を宣言し1991年創団以来最大の戦力補強を実施している清水とマッチし進行された。
清水は昨シーズン7勝8引き分け15敗でリーグ14位に終わるとコーチングスタッフを整備し若い選手たちを大挙獲得し、若く力あるチームカラーを構築している。アンジョンボク団長は「今年始めから清水の要請があった。チームの看板スターだが本人の意思を尊重して移籍に同意した」と語った。
赴任3年目を迎える長谷川健太監督は最近チーム体勢を整理し、「両サイドを使った早くダイナミックな試合を繰り広げる」と公言し、チェテウクの銃弾のようなスピードを利用した迫真感溢れる試合を予告した。
チェテウクはFC東京と横浜を経て今シーズン清水に復帰するフランチャイズスター、サトウユキヒコと共に清水の側面攻撃を任されるとみられる。チェテウクは清水行きが確定したことにより24日に出発した仁川のトルコ、アンタリア転地キャンプメンバーからも外れた。
チェテウクは清水との契約が済み次第、日本に出発し、28日から鹿児島県国分で実施される清水のキャンプに参加する予定だ。
チェテウクは2000年シドニーオリンピックと2004年アテネオリンピックに出場し2002年ワールドカップではヒディン軍団の一員として活躍した仁川の看板スターだ。
昨年、国内自由契約(FA)選手史上最高の金額11億ウォン、契約期間5年の破格的な条件で新生チーム仁川に移籍し、オリンピック代表チーム選抜による空白にもかかわらず23試合に出場、5ゴール3アシストを記録した。
チェテウクは「故郷チームを離れることになりファンたちに申し訳ないが日本でいいプレーをして応える」と語った。<-スポーツソウル-1/21>
ホームチーム蔚山に復帰、ユサンチョル
「これからは私が韓国で沈滞したKリーグを活計化し観衆を呼んで少しでも手助けしたいと思います」
「劉備」ユサンチョル(34)が21日、ソウル、チャンチュン洞のタワーホテルでプロサッカー蔚山現代との入団契約書に調印し、国内プロサッカーKリーグの復帰を公式宣言した。
2年ぶりにホームチーム蔚山に復帰したユサンチョルは、過去蔚山時代と国家代表チームでの背番号、「6」がつけられた青い蔚山のユニフォームを着て明るい笑顔を浮かべた。
ユサンチョルは「後輩とチームメートとともに私にできる全てのことをやって優勝できるようにチームに貢献する」「個人的には最後にドイツワールドカップに出ていい成績を出したい」と抱負を語った。次はユサンチョルとの一問一答。
ー感想は。
まず蔚山現代に再び入団することになり非常に嬉しい。
日本に行きたい思いもありJリーグでも2チームほどがいい条件を出したが、以前から蔚山でプレーして来てこれからは私が韓国で沈滞したKリーグを活計化するのを少しでも手助けするという考えで最終決定を下した。ーKリーグが沈滞したと言うが原因は何かと考えるか。
日本でゲームをしてみるとサポーターとサッカーファンがたゆまずスタジアムにやってくる。
選手としては観衆が多ければ一生懸命やらないわけにはいかない。しかし選手やファンのどちらかにだけ原因があるというよりはお互いにサッカーをもっと愛する姿をみせなくてはならないようだ。ー日本で得たものと失ったものがあるとしたら。
日本で多くのことを学びサッカー選手としてワンランク成長した。サッカーができる施設など全ての面が選手に合わせているということを感じた。しかし日本では傭兵であるため非常に冷たいということを感じ寂しい時間が多かった。ー負傷のため昨シーズン不振だったが。
日本では治療だけ受けて韓国に戻って来てからは軽いジョギングとウェイトを行った。痛い部分はほとんど直り3月の開幕戦にあわせコンディションを作る。
サッカーをしながらこのように負傷を沢山したのは昨年が初めてで苦しい年だった。今年は負傷に対する強迫観念がありまた重要な試合が多く気をつけなくてはならないと考える。ー蔚山が最後のチームになるのか。
欲を言えばもう4−5年やりたいという考えだが他のチームにいくというのは考えていない。蔚山を選択したのは前から沢山の助けを受けてきたため後輩 とチームメートとそのようなことを共に分けて選手生活が終われば次を準備する為だ。ー今シーズンの目標は。
前に優勝できず2位になって日本に進出した。昨年も蔚山がプレーオフで惜しくも負けたが横浜で優勝もしたので今後は後輩とチームメートと共に私が出来る全てのことをして優勝できるようにチームに貢献する。ー代表チームの若い後輩たちに対する考えは。
TVで数試合をみた。若い選手たちが覇気があ一生懸命やるのはいいがチームリーダーをできる選手がひとりぐらいいたらいいということを感じた。
チームをコントロールできる選手がいたらゲーム内容と運営がスムーズになるだろうという考えだ。私も個人的には最後にドイツワールドカップに出ていい成績をあげたい。−2月9日クェート戦に出られるか。
まだ100%のコンディションでないため私よりも身体がよく、コンディション問題がない選手が出るべきだ。今は欲を出して出たくはない。もしそのときまで身体が出来なかったら、調子のいい後輩が出るべきだ。ー個人的な願いは。
Kリーグ全体がヨーロッパや日本よりももっと活性化してもっと面白いリーグになるようにしたく、ワールドカップ予選を通過しドイツワールドカップでも大韓民国という国がたえず強豪チームに認識されるようにしたい。
<-KFA-1/19>
チョンモンジュン大韓サッカー協会長就任
第50代大韓サッカー協会長に就任したチョンモンジュン会長の就任挨拶の全文。
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大韓サッカー協会長に再び就任して。
信頼と指示に感謝。
今後4年間サッカー協会の仕事をしろと会長に選任してくださった皆さんに感謝します。
これまでよい言葉と激励を惜しまないサッカーファンとマスコミにも感謝の言葉を述べます。
プロ連盟のユサンブ会長が長い間プロサッカー発展に力を注いでくださったことに対しありがたく考えます、私がプロ連盟の仕事をお願いしたのだが苦労がおおく申し訳ない思いです。
私の場合も実際後任会長にいい方がいれば必ずしも続ける必要があるのかと考えました。
ワールドカップを誘致し成功的に開催し、その過剰金でチョンアン、モッポ、チャンウォンに3つのサッカーセンター(Footmball center)と14のサッカー公園(Football park)が作られ、総57のサッカー場が新しく建設されるとサッカーインフラはある程度完成すると思います。
昨年設立したユース財団も30数億ウォンの財源を確保し、今年からユースのためのサッカー教材補給、優秀ユース選手の海外留学などの事業を本格的に実施することになります。
女子サッカーの場合、昨年6月、中国で行われたU-19アジア女子ユース大会で世界最強といわれる中国に2度も勝ち優勝をしました。
11月の世界ユース大会では初めて出場した女子ユース代表チームが8強進出に失敗はしたものの 強豪ロシアを2対0で下し世界大会で初勝をあげました。1994年に広島で開かれたアジアンゲームで、我が女子代表チームが日本に0田井で負けたことと比べると、今の韓国女子サッカーが世界水準に近づいたという評価が過剰ではないということがわかります。
今日、オープンした資料室と電算化システムの構築、5月31日に開館するワールドカップ記念館建立など、ソフトウェア分野にも発展がありました。
昨年、ワールドカップ2次予選戦を行い我が代表チームが苦しんでいると、「韓国サッカーの危機」と憂慮する方々がいましたがそのような憂慮は十分に理解しますが、その方の言葉のように我がサッカーにいつもいいことだけあることを望むというのはあまりに単純すぎると考えます。
振り返ってみると20数年前、我が国は、国際大会を行いながら、ミャンマー、マレーシアら、東南アジア国家を相手にしていました。
しかし、今は世界トップクラスのチームと試合を行います。 登山家が世界最高峰に挑戦して失敗した時、その登山家を避難することよりも元気を出してもう一度挑戦しろと激励すべきで、避難することは道理ではありません。
私たちのサッカーも同じです。
世界の頂上に挑戦するのはいつでも難しいのです。頂上に近づくほど勾配がきつくなるように、私たちのサッカーも世界の頂上に近づくほど大きな困難が待っているでしょう。
全ての競技でずっと勝ち続ければいいが競技ひとつひとつに一喜一憂する必要はないと思います。
私たちのサッカーに対する多様な意見は協会が一層一生懸命仕事をしろという、走馬加鞭の意味であるということにします。
ある元老サッカー人は韓国サッカー100年をみると、最近10年がその前の90年よりもより多くの変化があったとおっしゃり、ありがたく思っています。
我が韓国サッカーは各級選手たちの実力と国際的位置、サッカー関連施設、そして協会の財政の4つの面で10年前とは比較できないくらい発展しました。
そのため私が必ずしもサッカー協会長にならなくてはならないとは思いません。私がやめられるいい時期を逃したという思いはあります。サッカー協会長の役割
サッカーインフラがある程度構築されればサッカー協会長として、これから何をしたらいいかと考えています。
私はワールドカップが終われば私の個人の時間が沢山できると思っていたのだがそうはならなかった。ワールドカップ誘致の時はフルタイムを注いだのですが最近も会長の業務を行う為に私が対外活動する時間と労力の半分を割愛しています。
言う ことが好きな方々は、私が協会の全てのことを思うまま 処理するというが、協会のシステムや私の役割をよく調べればそうではありません。
協会の優先的な課題のなかのひとつの国家代表チームの運営を例に挙げると、国家代表チーム運営の一番重要なことは国家代表チーム監督の専任と選手選抜、練習計画樹立のようなことです。
これは技術委員会と関連委員会に所属のサッカー専門家たちが決定します。
会長はここに関与できず、ただ決定された事項がまちがいなく進行されるようにサイド支援する役割を行います。
他の業務も理事会と競技委員会、ユース委員会、審判委員会、性別委員会などが業務を精密に分けて各理事会に所属の理事たちが まとめています。
プロ連盟、初等連盟、中高等連盟、大学連盟、実業連盟、女子サッカー連盟など関連連盟は独自的に活動を行い、協会はこれら連盟を支援します。
プオ連盟はクァクジョンファン会長が、実業連盟はイゲホ会長が新しく就任し沢山の仕事をなさると期待します。
また中高連盟の分離案件は代議員総会で議決されれば中等部と高等部に分離され仕事を精密に推進できるでしょう。技術局設置と法人化推進
技術委員会の独立性を高める為に技術局を設置しようと思います。
既存の技術委員会は定款上14名以内の技術委員をおき、代表チーム監督専任、相手国戦略分析、ユース指導者管理などに関する事項を判断して決定します。
技術委員は長い選手経験と指導者経験、戦術、理論、そして最近の世界サッカーの流れまで把握している方達で構成されています。
技術委員会は意思決定機構のため実務的に業務を補助するため技術局を設置し、そうなると技術委員会の独立性が再考されるでしょう。これとは別に元老サッカー人と現役指導者10数名の方を集めて諮問会議を構成します。
法人化問題は昨年末理事会の決議を経て今日、代議員総会で承認をえられれば関連手続きを踏みます。法人化になれば透明性と事業性を再考できるでしょう。
サッカー外交の重要性
私はアジアを代表するFIFA副会長として韓国サッカーだけでなくアジアと世界各国のサッカーが発展するように努力しなくてはならない義務があります。
私がFIFA副会長になることで我が国が2002ワールドカップを誘致するのに役にたったたTめこれからは世界サッカーの発展に寄与しなくてはならない責任があると考えます。
また最近設立された東アジア連盟会長として韓ー中ー日を含め北朝鮮など東アジア地域のサッカー発展とつながりにも関心を持って活動しなくてはなりません。昨年末、城南一和とサウジクラブチームとのアジアクラブチャンピオンリーグの決勝戦があった時、2005年12月に行われる世界クラブ選手権大会に2004年度優勝チームが出るのか2005年度優勝チームが出るのかという問題でしばらく混乱を引き起こしたことがありました。
後に解明されはしましたが、それも私がこのような決定を下したFIFAの戦略会議(TRATEGIC COMMITTEE)に参席できずに起こったハプニングでした。
私がその会議に参加さえしていればたとえアジアサッカー連盟が私たちに通告をしなかったとしても十分に知ることができた内容でした。新年初から世界サッカー連盟(FIFA)執行委員会会議が開かれアジアサッカー連盟(AFC)や東アジアサッカー連盟(EAFF)の重要会議が行われるが、会議参加自体が主要業務遂行だと申し上げます。
2007年のFIFAU-17世界ユース大会の韓国誘致も重要な仕事のうちの一つです。
実際、私たちはFIFAU-20ユース大会を2003年に主催しようとしたが、同じアジア国家であるUAEが申請した為に私たちが譲歩しました。
FIFAU-17ユース大会は日本が1993年に開催した以降今までアジアで開催できなかったのが私たちは2007年U-17大会を開催しようとしています。U-17大会は規模面で16チームから24チームに参加チーム数を拡大することを論議中で、この大会開催地は今年決定します。
私たちがこの大会を誘致できれば2002ワールドカップ大会に続き2度目のFIFA大会を開催することになり、私たちのユースサッカーが大きく発展するのはもちろん、国民もサッカー祝典を楽しむことができるでしょう。サッカーはボールを蹴る実力だけでなく、サッカー外交もまた重要です。
サッカー外交は英語だけうまかったらいいのではなく、全ての面で世界サッカー界の認定を受けなくてはなりません。
これまでアジアサッカーはキョヅアイな面積と人口を持っているにもかかわらず世界サッカー界をリードできず、ヨーロッパや南米に比べ受け身の立場でした。しかし今ではアジアサッカーはもちろん韓国サッカーの発言権が強化されFIFAやAFCら各種会議でアジアサッカーと韓国サッカーの位置を高めました。
韓国サッカー界の発言権が強化されたのは国内サッカー発展の手助けになります。サッカー協会会長はどんな人に任せなくてはならないか?
私は4年後任期を終えれば退きます。誰が次期サッカー協会長になるのか私も気になります。
どんな方が次期会長になればいいのか、ここでしばらく皆さんと一緒に考えてみたいと思います。私が初めてサッカー協会長になったときです。サッカー協会の代議員たちが訪ねて来て「サッカーが好きか?」と聞きました。
だから「好きだ」と答えると、「だったらサッカー会長をしたらどうか」。だらら私自身がサッカーが好きで受諾しました。
その時、このようなことを考えてもみず、たぶんこのような事実を知っていたら辞退していたと思います。私が会長になる時2002ワールドカップ誘致を公約したといわれましたが事実はそうではありません。
サッカー協会長になった後協会を訪問し、「会長になったので何をしなくてはならないか」と尋ねました。その時、協会の方々が、「2002年度ワールドカップがアジアで行われることになっているのでそれをすればいい」と言いました。そこで私が再び「2002年ワールドカップ大会を私たちができるのですか」と尋ねると、「できません」このように答えました。役員たちから詳しい説明を聞いて私がこういいました。
「できるところまでやってみましょう。やってみようともせず後ろ手に組んで立っているだけだったら協会が何をしたのかと避難されるだろうし、一生懸命やってだめだったら国民たちも理解してくれるのではないか」
こうして2002ワールドカップ誘致を始めたのであって私がサッカー協会長になる為公約したのではありません。
サッカーは国民誰もが好きなスポーツです。
老若男女全部が好きな最も大衆的なスポーツであるためサッカー協会の会長の座は基本的にサッカーが好きで国民から信頼される方がいいと思います。歴代サッカー協会長をみるとヨウンヒョン先輩(2代)、シンイクヒ先輩(7代)、植民地時代の1925年にハーバード大社会学博士の学位をもらいソウル新聞社長を歴任したハギョンドク博士(5−6代)、ユンボソン大統領(9代)チャンテクサン総理(12代)、韓国日報創業者であるチャンギヨン副総理(19−21−23代)ら多様な分野の指導者が会長を務めました。サッカー協会長の座はサッカー人が務めなくてはならないという考えも理解が出来ますが、文化界、言論界。経済界らの分野でサッカーが好きな方を迎えるのが望ましいと考えます。
もちろんサッカー選手出身も会長になれると思います。
ヨーロッパの50あまりの国家のなかでサッカー人が会長を務めている国は10カ国になります。ドイツのベッケンバウアーはドイツ協会副会長であり2006度イツッワールドカップ組織委員長を務めています。
韓国サッカーの名誉を高めるサッカー選手出身のなかでサッカー発展の為に仕事ができる人物を探すこともできます。ドイツワールドカップなど至急な懸案多い
今年も小学校から中学ー高校ー大学、そして実業のK2まで全国で45のアマチュア大会が行われます。女子サッカーも10大会が行われるのだがこの全ての大会いとつひとつが問題なく開催され選手たちがしっかり成長できるうようにしなくてはなりません。
初ー中ー高ー大学、そして女子サッカーの第一線の指導者たちは厳しい環境の仲でも黙々とサッカー発展の為に努力しています。このような方々に配慮する法案を考究します。2006ドイツワールドカップに進出するのも重要な仕事です。
2月9日、旧正月にクェートと私たちが試合をおこない、東京では北朝鮮と日本が試合をします。この日国民たちは旧正月を迎え、家族たちといっしょにテレビでサッカーの試合を観るのでしょうが、できればテレビ2台で2ゲームを同時にご覧になることをすすめます。ドイツワールドカップ本大会進出を楽観視はできませんが昨年12月19日釜山で我が代表チームがドイツと行った試合で見せてくれた覇気があればいい結果がでると思います。
私たちもそうですが北朝鮮もいい試合をおこない、ドイツワールドカップに一緒にでられたらいいです。7月末から8月初めに行われる東アジア連盟大会が重要です。
この大会は、韓ー中ー日の3つの国が基本的に参加し、香港と北朝鮮、グァム、モンゴルなど6カ国が試合を行い、1位のチームが合流して4カ国が試合を行います。
最近北朝鮮の戦力がとてもよくなりました。専門家たちは香港や北朝鮮2つのうち一つが東アジア連盟大会に参加するだろうと予想しています。
この大会には男子代表チームだけでなく女子代表チームもいっしょに参加することになっていて、いい試合、楽しいサッカー祭典になると期待します。4月には国内で第一回アジア女子U-17大会が行われ、6月にはオランダでU-20世界ユース大会が行われます。昨年アジア大会を2連覇した底力で今大会で1983年の世界4強神話をもう一度再現しようという意欲で選手たちが一生懸命努力しています。
サッカー発展に知恵を集めよう
路を行く人が3人いたらその3人中で自分の師匠が一人いるといいます。私よりもいい人、私と似通った人、私より出来ない人、全て私の師匠だという意味です。
大韓サッカー協会は常に「開かれた組織」として「開かれた行政」をしようと努力しています。協会はだれでもいい意見があればその方の意見をいつでも受け入れる気持ちの姿勢を維持します。協会公式サイトに現在加入されている会員は1万7千名で、非会員を含め一日平均1万名余りがサイトを訪問し多様な意見を出しています。
サッカーは投資が多いといっても一直線に垂直上昇はしません。そのためサッカーの妙味があるのかもしれません。
FIFA 順位どおりに試合の結果が出るとしたらどんな面白みがありますか。ヨーロッパの場合でも小さな国のチームがヨーロッパの強豪チームに勝つ場合がいくらでもあります。中国にしても人口が私たちより25倍以上多くサッカーの熱気も私たちよりも遥かに高いです。日本プロサッカー糾弾たちが使用する予算は我が国全体の球団が使う予算額の5倍にもなります。
投資規模や人口をみても中国と日本が私たちより桁外れに多くサッカーの熱気もまた高いので彼らが私たちよりサッカーが桁外れにうまくなくてはならないのに現実はそうではありません。サッカー協会とプロサッカーは共存関係
国家代表チームのたびたびの招集でプロサッカーが大きな支障があるというが実像を調べてみるとそうではありません。
我が国家代表チームの招集日をみると日本と中国に大きく差が付けられています。
国家代表チームの場合2003年3月から昨年まで韓国は170日を招集したが、日本国家代表チームは181日と私たちより多かったのです。
2004年1月にはアジア地域2次予選を控え日本と中国は代表チームを招集して練習をしたが、私たちは国家代表チーム招集を行いませんでした。
当時コエリョ監督は「練習時間を72時間もくれないでどうしろというのか」と不平を言う位でした。今考えるとその時短くても練習時間を与えなかったのは韓国サッカーのミスだと考えます。オリンピック代表チームの場合も中国は2002年8月から予選を終えた2004年5月まで230日を招集したが、韓国の場合、2002年1月から2004年8月末まで140日を招集しました。
韓国の場合、本大会準備と試合日52日が含まれており中国と予選まで比較すると230日対88日と、中国の3分の1程度の招集だということです。中国は韓国と同じグループに属し、アテネオリンピック予選を行う時合宿トレーニングのため中国リーグを2ヶ月間延期したほどです。
プロサッカーが活性化してこそ韓国サッカーの未来があるというのを誰よりもよく認識しているのが、大韓サッカー協会であり、プロサッカー発展のためであれば最大の協調と配慮をしてきました。
私たちみんながサッカーを発展させようという認識のもと現実を診断し問題点と改善点に対して私たちみんなが認識を共有した時いい方向に発展するでしょう。
アメリカのジョージ・ワシントン初代大統領が大統領職を終えた時のことです。
周囲の人々はもっとやらなくてはならないと言ったがワシントン本人は3回も大統領を務めるのはよくないと退くことを決心しホワイトハウスを離れました。
しかし当時彼を怨んでいたしていた人々がワシントン大統領がホワイトハウスを離れるときにホワイトハウス執務室の家具を持って出たといいました。根拠のない非難にワシントン大統領は極度に憤怒しました。調査結果事実無根とわかりましたが、事実無根のことをいいまわる人たちがいました。私は出来るだけ沢山のサッカー人たちが適材適所で能力にあった仕事ができるように配慮します。
サッカー発展の為の多様な意見を謙虚な姿勢で傾聴し手助けできるようにします。ワールドカップが終わって2−3年が過ぎました。
ワールドカップが終わった直後にも関連セミナーがあることはあったが今ある程度月日が経過し落ち着いてあのときを振り返る余裕ができたと申し上げます。
今年中に韓国単独でもよく、可能なら日本も参加するどんな形式の場であれ「真摯な集まり」ができればいい。
ここには文化界、言論界、学会などいろいろな分野の人事が参加すればいいと思います。今年が韓日修好40周年になる年でもあり、韓日両国が「韓日友情の年」と定められたというので、日本と一緒に行う方向で努力してみます。
サッカーは国民の声援で成長します。国民の皆さんの声援をお願いし、マスコミにもサッカーを沢山愛してくださることを頼みます。
ありがとうございました。